前回の「昭和の池袋① キンカ堂裏の路地」

というのも、なかなかマイナーだったと思うんですが、

すいません、さらによくわかんない場所をチョイスしてしまいました。

 

池袋をご存じの方でも、ちょっとピンとこないですよね。

 

 

とくに名前のついてない道なので、書きようがないんですが、

このピンクの部分。

 

池袋駅東口の北側、パルコの先まで進み、明治通りの裏の道に進みます。

西口からの歩行者用地下道ウィロードの手前を右に折れる感じ。

 

第一インのビルの分かれ道を左へ進みます。

(左側はJRの線路)

 

すると、左手に水天宮の祠が見えてきます。

以上!

 

すみません、これだけです。

この写真を撮ったのは9月23日で祝日だったため、

まあまあ人通りがありましたが、むしろ

「なんでこんなとこ歩いてるの?」と聞きたいくらい(失礼な・・・)

 

今回この道を取り上げたのには3つ理由があります。

 

① このエリアの戦前の住宅地図を入手できた。

② ここには戦前「池袋武蔵野館」という映画館があった。

③ 今から20年ほど前、週3でチャリで走ってた懐かしい道だった。

 

 

① 戦前の住宅地図はとても珍しく、基本「火保図(火災保険特殊地図)」なんですが、

  豊島区立中央図書館で閲覧できると知って気になっていました。

  先週、ようやく見ることができたんですが、白地図に数字がかいてあるだけで、

  施設名や店名が書いてあるのはほとんどなく、

  たまたまこのエリアのが施設名入りだった、 ということです。

 

 ピンボケですが、「武蔵野館」の文字はなんとか読めます。

 新宿以外にも「武蔵野館」があったんですよ!

 

 

 

 

② 「池袋武蔵野館」だという、この画像は何度か見たことがありましたが、

   ここが地図上にかかれているのをはじめてみて、感動しました。

 

建物は1922(大正11)年に完成したそうです。

この画像だけでは、

まわりになにも映りこんでいなくて、情報量少ない!

 

今 第一インの建っているこの場所だったのですね。

 

 

③はどうでもいいんですが、20年前、

この近くの学校で(私は)仕事をしていたため、3年ほどの間、

週3の頻度でチャリで走り抜けていました。

明治通りを行くより信号はないし、舗装のきめが細かくて(?)

自転車でめちゃくちゃ走りやすかったのです。

 

ここと明治通りとの間には、当時は多分今以上の数の風俗店が並び

女性は避けてとおるようなエリアだったんですが、

明るいうちは特に怖いことなし。

閉館した文芸坐の跡地にパチンコ屋ができ、そのなかに

「新文芸坐」ができた時のこともリアルタイムで覚えていました。

 

 

 

日本橋の水天宮にはお宮参りで何度も訪れたけれど

なんか、こっちの水天宮も、なかなか霊験あらたかのような気がしてきました。

 

水天宮の先を右に曲がると池袋六ツ又交差点に通じていますが、

左側に進むと、JRの電車が一望できる池袋跨線橋へ。

映画のロケでもよく登場する場所です。

行きかうJRの車両に

鉄道オタクでなくても、ちょっと興奮してしまいます。

 

 

 

 

このエリアにかつて存在した「映画館」のことは、また別の機会に書きますが、

池袋武蔵野館は、松竹系の邦画を上映しており、戦後は

「池袋温泉」という娯楽施設になったとか。

たまたま家にあった写真集に昭和47年のこのあたりの写真があり、

池袋温泉も映りこんでいました。 

 

 

「ママも坊やも一緒に行こう」と書きながら

トルコ風呂とかあるんですけど・・・・・いいの?

(当初は、女性がマッサージとか洗髪のサービスをするだけで

今のソープランドとは違うみたい)

 

 

それからもうひとつ発見!

東口駅前の「創業大正弐年」がウリの服部珈琲舎のことを

「自称老舗」とか「後づけレトロ」とか、散々ディスりながら、

昔からあったことを証明してあげてる結果になっていますが(笑)・・・・

 

元の記事はこちら↓

 
「昔は、今のビックカメラ本店のあたりにあった」という店長の言葉通り
1935年の地図には載っていました。(大正弐年まで、あと22年!)
 
 
池袋映画劇場(今ビックカメラ本店)の裏になります。