映画「カセットテープ・ダイアリーズ」 令和2年7月3日公開 ★★☆☆☆

(英語・ウルドゥー語; 字幕翻訳 風間俊介、 字幕監修 五十嵐正)

 

 

1987年のイギリス。

ルートンという町に住むパキスタン系のジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は、

家庭のルールや伝統、人々が持つ移民に対する偏見から解放されたいと思っていた。

ウォークマンでペット・ショップ・ボーイズを聴いていたジャベドは

ある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽と出会う。

彼は、鬱屈した気持ちを吹き飛ばすような楽曲に夢中になる。    (シネマ・トゥデイ)

 

1980年 イギリス ルートン。

パキスタン系移民の10歳の少年シャベド。

近所に住む白人少年のマットは

誕生日にかっこいい自転車を買ってもらいます。

全く同じ日に生まれたジャベドのもらったものはルービックキューブ。

それでも「ぼくらは親友だ」とふたりはいつもいっしょです。

 

7年後、大学に進学したジャベド。

マットは恋人のエマと家の前でいちゃつき、

女性に縁のないシャベドをからかいながらも気遣っています。

「あんな恥知らずとつきあうな。近所の風紀がみだれる」

厳格なジャベドの父は前世紀の遺物のような頑固おやじです。

ジャベドの家は、工場で働く父と縫製の内職をする母、

もうすぐ結婚する姉、高校生の妹、それにジャベドの5人家族。

 

父にはまったく口答えできないながらも、ジャベドの夢は

①金を稼ぎ

②女の子とキスして

③このサイテーの街をでること

 

でも父に言われるのは

①トップでいつづけろ

②ユダヤ人をさがして同じことをしろ

③女に近づくな

 

父は、大学でしっかり学び

弁護士・会計士・不動産鑑定士のような堅実な職業についてほしい、

学がないと移民は(自分のように)ろくな仕事につけないから・・・・と思っているのですが

ジャベドはそれよりも詩や小文を書くのが好きで、それが仕事になればいいと思っています。

地味でおとなしい彼は、学校内で孤立しながらも、

同年代のいろんなグループがひしめく

博覧会のような大学の雰囲気を楽しんでいます。

 

ある日シーク教徒のループスから(おなじムスリム系だから?)声をかけられ

ブルース・スプリングスティーンの信者である彼からカセットテープを押し付けられます。

 

ところで、パキスタン人への差別は全てのシーンで起こるわけでなく

マットとはずっと親友だし、普通に接してくれる人の方が多いのですが、

一定数いる差別主義者たちから

追いかけられてツバをかけられたり、レストランで席を開けろと言われたり

家の玄関のドアの隙間からおしっこされたり、たびたび理不尽な差別をされます。

父は家のなかで家族には威張ってるくせに、これに立ち向かうことはせず、

ひたすら耐えているのが、ジャベドには全く納得いきません。

 

ある日家に帰ると、不況による大規模解雇のニュースがながれ、

移民の父はまっさきにクビを切られてしまったのでした。

「勤続16年の父は、廃部品のように捨てられた」

父の失業で経済的にひっ迫し、母は内職の量を何倍も増やし、

子どもたちも働かざるを得なくなります。

 

うっぷんが爆発したジャベドは今まで書き溜めた原稿を嵐のなかにばらまき、

たまたま手に取ったループスが貸してくれたカセットを聞くと・・・

まるで自分の思いを代弁してくれるようなボス(ブルース・スプリングスティーン)の曲に

衝撃が走り、夢中になって、何度も聞き返します。

 

一度は捨てた原稿を拾い集めて、大学のクレイ先生に見せると

「あなた、才能あるわ。もっと書きなさい」といわれ、

ひっそりと憧れていた同級生のイライザに告白する勇気も 曲からもらいました。

今まできちんと着ていたネルシャツの袖を切り落とし、見た目も大きく変化します。

今まで近づけなかった大学の放送局を占拠して、ボスの曲を学内に流したり

だんだん怖いもの知らずに。

 

ジャベドの作品を先生が応募したら、それが大きな賞をとったり、

バイトしていた新聞社でも署名付きの記事を書かせてもらったり

彼の書いたものが評価されるようになっても、父との距離が縮まることはありません。

ラスト、卒業式での成績優秀者のスピーチのなかで家族のことを話し

会場にやってきた父がこれを聞いて、はじめて親子は和解することになります。 (あらすじ ここまで)

 

 

1987年に17歳のジャベドは1970年生まれですから、

今50歳くらいの人の若いころの話ですね。

「カセットテープ・ダイアリー」というタイトルからも

今50歳くらいの人が「そのころを懐かしく思い出す」話なのかと思っていたら、

ちょっと違いましたね。

 

原題は「Blinded By The Light」(光で目もくらみ)という、本編中に登場する

ボスのヒット曲のタイトルです。

ロンドン郊外のさえない街に住むパキスタン移民の内気な青年が

ボスの曲を聞いて人生を変えていく・・・って話で、

彼の曲を聞いたことがなく

歌詞もあまり心に響かない私みたいな人には、けっこう退屈でした。

ソニーのウォークマンはとっても懐かしかったけど・・・

「自分の好きな音楽を外に持ち出せてひとりで愉しむことができるようになって、

人生変わった」って話なら、私も共感できたんですけどね。

 

作家志望の彼が感動したのは曲よりも歌詞のほうで、これに出会ったことで

彼の人生は大きく舵をきることになります。

 

「死んだような街に生まれ、

殴られすぎた犬のように怯えて暮らす」    (Born in the U.S.A.)

なんていう私には卑屈にしか聞こえない自虐的な歌詞なんですけど

落ち込んだ人の心を(上から目線でなく)徹底的につきあおうとする彼のスタンスが

アメリカとは無縁のイギリスに住むパキスタン人の青年の人生を前向きに変える

というのも 興味深い話です。

 

マットのパパが実はボスの大ファンで

ふたりでめちゃくちゃ盛り上がるところだけは楽しく観られました。

まわりをあそこまで巻き込むか!って気はしましたけれど。

 

主人公はじめ、豪華キャストというわけではないですが

このマット父を演じたロブ・ブライドンが一番有名ですよね。

それからマット役のディーン=チャールズ・チャップマンという名前に聞き覚えあると思ったら

彼は「1917」でスコの相棒ブレイクをやってた人でした。イメージちがう~!

 

 

ところで、80年代というと、日本ではバブル時代なんですけど

この時期が舞台のイギリス映画は、だいたいサッチャー政権下での景気の悪い話。

「パレードへようこそ」とか「トレインスポッティング」とか

失業者とかデモとかが必ず登場します。

 

ファッションも60年代70年代にくらべて、なんかダサい感じがしてしまうのは私だけ?

アイルランド映画だけど「シング・ストリート」なんかも思い切りダサダサでしたねぇ。

https://ameblo.jp/kak-dela/entry-12182938926.html

 

 

 

これは少年たちのバンドを組む話で、演奏のクオリティは低いものの

ちゃんと「音楽映画」で、

先日観た「ワイルド・ローズ」なんかも、音楽をたっぷり楽しむことはできたんですが、

本作はボスのファン以外の人が、音楽を期待してみたら、ちょっとあてが外れると思います。

 

「パキスタン移民の青年が家族と世間の板挟みになる」ということでは

「ビッグ・シック」と共通する部分が多いとも思いました。

親目線で言うと、失業しても威厳だけは保たなきゃならない父親の辛さ、

それを支える妻の健気さなんかは、キュンときてしまいました。

 

ボスのファンで映画に興味のある層をターゲットにするのはあまりにピンポイントなので

こういう邦題になっちゃったんでしょうけど、ちょっと詐欺っぽい感じはしましたね。

 

私の年代は「カセットテープ」ということばにめちゃくちゃそそられてしまうのですよ。

オープンリールよりずっと扱いが楽で、子どもの小遣いでも気軽に買えて、

音質は悪いけどラジオから「エアチェック」(古!!)すれば ただで音源が集められて

それをウォークマンにいれて持ち出して、誰にも邪魔されずに聞けるってサイコーじゃないですか!

特に音楽好きの子でなくても、普通に何十本も持っていたように思いました。

 

もし邦題が「光で目もくらみ」だったら観てなかったかもしれないので、

よかったのか、悪かったのか・・・?