映画「希望の灯り」 平成31年4月5日公開 ★★★★☆

原作「通路にて」(「夜と灯りと」所蔵 クレメンス・マイヤー 新潮クレストブック

(ドイツ語 字幕翻訳 大西公子)

 

 

旧東ドイツのライプチヒ。

27歳の無口な青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、

スーパーマーケットの在庫管理係として働くことになる。

仕事を教えてくれるブルーノ(ペーター・クルト)や魅力的な年上の女性のマリオン(ザンドラ・ヒュラー)ら

職場の人たちは、親切だったが節度があった。                                      (シネマ・トゥデイ)

 

 

「バイス」を見た後だったので、

「最後までほどんど何も起こらない映画って、癒されるな~」と思いました。

 

 

 

原作は、 ドイツ人作家、クレメンス・マイヤーの短編集のひとつ「通路にて」

わずか20ページ余りの短編なので、ついつい事前に最後まで読んでしまいました。

同僚の死以外はなんにも起こらないことを知っていたのは、良かったのか?マズかったのか?

 

映画の世界では、自分が体験できないような場所や世界に思いを広げて

いろんな疑似体験ができる・・・・という認識でいたのですが、

この映画では、私の現実世界の行動範囲よりもさらに狭いくらいです。

 

主人公のクリスティアンは、業務用大型スーパーの在庫係で、

毎日フォークリフトを操作して、棚と棚の間の通路で荷物の上げ下げをするのが仕事で、

家に帰ればひとりきり。

そんな狭い狭い世界のなかにだって、人生の機微はギュッとつまっているのだ・・・

と、再確認することができました。

 

ホントになんにも起こらないんですけど(しつこい!)

なるべく詳しくストーリーを思い出して書いておきます。

 

オープニングは、

暗い倉庫みたいな夜のスーパーの通路を

「美しき青きドナウ」の音楽にのせて、踊るように行き交う、何台ものフォークリフトの映像。

 

スーパーの事務室にやってきた、無口な青年クリスティアン。

夜間の在庫担当に応募してきた彼に、事務室のルディが説明をしています。

「この作業着を着ろ。これが七つ道具と名札」

「タトゥーは袖を下ろしてかくせ、客がいやがる」

「仕事はブルーノに教われ」と。

 

そのブルーノは飲料担当の在庫スタッフで、中年のオッサン。

禁止されてるタバコを吸いにいったり、タバコ売り場のユルゲンとチェスをやったり

けっして勤勉とはいえないんですが、

不慣れなクリスティアンにていねいに仕事を教え、フォークリフトの操作も教えてくれます。

 

ここのスーパーは、会員カードを持つ業者だけが利用できる、業務用の商品を扱う大型スーパーで、

日本だと一般人も買えるところが多いですが、コストコとか業務スーパーみたいな感じですかね。

なので、店舗も華やかな感じは全くなく、わりと倉庫っぽくて、

ストックヤードとの違いがあんまりありません。

(それでもクリスマスにはそれなりのディスプレイをするのもクリスティアンたちの仕事です)

 

夜になり、22時の閉店のアナウンスが流れ、客がいなくなると、

ルディが「G線上のアリア」をCDをかけて、「夜の時間にようこそ・・」

売り場の通路を何台ものフォークリフトが行きかい、在庫担当の大勢のスタッフたちが作業をはじめます。

 

タバコの吸い過ぎでいつも咳をしてる、掃除好きのおばちゃんイリーナとか、

ハンドリフトに触っていたら怒鳴ってきた冷凍食品のクラウスとか

いろんな人がいるんですが、クリスティアンは、

となりのお菓子売り場の女性スタッフ、マリウスのことが気になって・・・・

 

女性だけど、いかにも仕事ができそうなマリオン、しかも色っぽい!

「新人君、頑張ってね」

彼女もクリスティアンに声をかけてくれます。

 

「マリオンはDV亭主のせいで辛い思いをしてる」とか

「彼女はいい子だから傷つけないで」とか

彼の気持ちに気づいている同僚がいろいろ言ってくるんですが、

「(マリオンのことは好きでたまらないけど)自分に何ができるっていうんだ!」

 

だんだん仕事にも慣れて、フォークリフトの試験にも通って、一人前になってくるものの

気になるのはマリオンのことばかり。

棚の隙間から、いつも彼女の姿を追う毎日です。

ブルーノに教わった彼女の誕生日に、

拾ってきた賞味期限ギリのチョコ菓子にロウソクをたててお祝いしたり

こっそり家まで行っちゃったり(←これは原作にはなかった)

冷凍倉庫でイヌイットのあいさつだといって鼻をくっつけあってドキドキしたり、

なんか、バイトの高校生並みのかわいらしさですよ!

 

こういうお店のバックヤードものだと、めんどくさい人間関係だとか、嫌味なやつとか、不正とか、

新人にはショックのいろんなことが出て来たりするんですが、

ここのお店のスタッフは結局みんないい人たち。

 

こっそりトイレでタバコをすって吸殻を流したり、

賞味期限切れの廃棄食品から貪り食ったり、

フォークリフトに二人乗りしたり

決して品行方正ではないですが、とくにそれをチクるやつもいないし・・・

ただ、「悪いこと」というのはちゃんと自覚しているのが、いかにもドイツ人で

アメリカのスーパーだったらこうはいかないですよね。

 

「クリスティアン」

「マリオン」

「ブルーノ」

と、途中でタイトルが入りますが、特に、章仕立てになってるわけではありません。

 

人にはそれぞれの事情があるように、この三人も訳アリではありますが、

そんなことは隠して、職場では、それぞれの仕事をちゃんとこなしています。

 

クリスチャンは未成年の時に犯罪に手を染めて、少年院に入っていた過去があり、

その時の名残のタトゥーが体中に残っています。

店にたまたまやってきた昔の悪友に働いているのがバレ、

もう二度と会いたくないと思いながらも寂しくなってついつい会いに行き、

酒を飲み過ぎて、翌日の仕事に1時間も遅刻してしまいます。

 

「5分の遅刻はともかく1時間は問題だ」

「上には報告しないから、これからは気を付けろ」

「酒臭いのはまずいから、このミントガムを噛んでごまかせ」

「まだ試用期間だぞ、しっかりしろ!」

ブルーノとルディに言われて、心底反省するクリスティアン。

 

彼はこの仕事の前はビルの解体の仕事をしていて、

そこには自分よりも酷い条件で働いているボルトガル人たちもいました。

ボスからはいつも「役立たず」といわれていて、結局ボスを殴ってそこをクビになるんですが、

「自分は役立たずじゃない」という思いと、

解体のために殺さざるを得なかった鳩の瞳がちらついて

思い出したくない記憶となっていました。

・・・なんて話をぼそぼそ始めるクリスティアン。

 

今は上司や同僚たちにも良くしてもらっていて、

だから自分の黒歴史の部分も口に出して話せるようになったんでしょうねぇ・・・

 

東ドイツ時代にこのスーパーの場所は長距離トラックの基地で、

ブルーノを含め、長く働いている在庫係たちは、たいていがドライバーでした。

時代の波に押されて、(今までのキャリアを生かせずに)

暗い倉庫で働くことになってしまった・・・とため息をつくブルーノ。

 

「みんなお前はいいやつだと思っている」

「マリオンが戻ったら、お前がそばにいてやれ」

「やさしくしてやれる奴が必要なんだ」

 

そんなブルーノの言葉がまだ耳の奥に残っている間に

彼は突然、姿を消してしまいます。

 

職場でブルーノを探していると、ルディから

「ブルーノはもう来ない。これからはお前が飲料を全部やってくれ」

「やつは、家で首を吊った」・・・・

 

「何があろうとも、前にすすまないとな」

「(お前の)試用期間は終わりだ。飲料部の責任者にするから、明日書類の手続きをする」

 

ブルーノの自殺の原因については誰も詮索せず、

ただ、みな、彼の死を悲しんでいます。

 

ブルーノの葬儀のあと、

クリスティアンがフォークリフトに乗っていると、マリオンがやってきて

「フォークをいちばん上にあげてみて」

彼がいうとおりにすると、

「今度は少しずつ下げて・・・ゆっくり、ゆっくり・・・そして止めて」

「ほら、海の音がするでしょう?」

「ブルーノが前にいってたの。フォークをゆっくり下して止めると、波みたいな音がするって」

 

ふたりが、その音に耳をすまし、ブルーノの面影を追っているところで・・・THE END

 

 

なんというささやかなお話!

こういう地味なテーマは、普通だったら映画にはしないんでしょうけど、

つましく生きる人たちに、ていねいに光をあててくれている作品なんですよね。

 

「統一後の旧東ドイツ」という舞台ではありますが、

そこに生きる人たちは私たちと、ちっとも変りありません。

学生時代のバイトで出会った人たちのこととか思い出しながら、

懐かしく見ていました。

人は多かれ少なかれ「訳アリ」なのは当たり前で、深くは立ち入らないまでも、

暖かく見守る登場人物たちの優しさが、身に沁みて、静かに感動しました。

 

ただ、「希望の灯り」というのはちょっと意訳しすぎで、

原題のまま「通路にて」でいいんじゃなの?って思いましたが。

 

クリスティアン役のフランツ・ロゴフスキ            マリオン役のザンドラ・ヒュラー

 

ハッピーエンド」「ありがとうトニー・エルドマン」などで、

一度見かけたら絶対に忘れられない風貌のふたりが主演をつとめている、というのも魅力です。