映画「ハッピーエンド」 平成30年3月3日公開  ★★★★☆

(フランス語 字幕翻訳 寺尾次郎)

 

 

多くの難民が生活しているフランス北部の町、カレー。

建設会社を経営し、大きな邸宅を構えるロラン家に生まれたエヴ(ファンティーヌ・アルデュアン)は、

両親の離婚をきっかけに家族と距離を置いていた。

だが父親のトマ(マチュー・カソヴィッツ)と暮らすことになり、

祖父ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)のいるカレーの屋敷に呼び出される。

やがて、家族3世代の秘密が少しずつ明らかになっていき……。               (シネマ・トゥデイ)

 

ハネケ作品のラストはどんよりと暗く終わることになってるのに、

このタイトルって何??

と疑いながら鑑賞しましたが、やっぱり「いつもの後味の悪いやつ」でした。

日本でも「イヤミス」とか流行ってますけど、それとはレベルの違うぐったり感です。

 

前作の「愛、アムール」から5年。

イザベル・ユペールとジャン=ルイ・トランティニャンがまた父と娘だ!と思ったら

どうやら、「愛、アムール」の続編のような設定になっていました。

(父がジョルジュで同じなのに、なぜか、アンヌという母の名前を娘が引きついでいますが)

 

冒頭はけっこうショッキングなシーン。

娘が嫌いな母親を毒殺するつもりでハムスターで実験し、

そのようすをSNSに投稿しているところから・・・

 

場面かわって、あちこちに電話しつつ高速を走っているイザベル・ユペール。

工事現場での崩落事故の映像。

そしてセレブ家族の夕食での親子けんか・・・・

 

と、ランダムに繰り広げられるシーンに最初ちょっととまどいますが、

そんなに複雑な人間関係でもありません。

 

ロラン家は建設会社を営む裕福な一家で、住み込みの夫婦の使用人もいます。

父ジョルジュはすでに引退していて、実質の経営者は娘のアンヌ

息子のピエールを後継者にと考えているのに、てんで仕事ができなくて困っています。

 

息子のトマは父の仕事を継がずに外科医をしており、妻の アナイス⑤と生まれたばかりの息子と

同じ屋敷に住んでいて、食事もいっしょです。

トマは再婚で、前の妻との間に生まれたのが13歳のエヴ

前妻が入院したため、トマが一時的にエヴを預かることになったのです。

 

アンヌに夫はなく、ただ弁護士のローレンスという恋人がいます。

 

 

 

この7人のほかには使用人夫婦くらいしか登場しないので、けっこうシンプルな相関図となります。

 

冒頭、母を殺そうとしていたのはエヴ。

アンヌは事故の被害者対応をピエールにやらせようとしているのですが、全然うまくいかず、

自分は恋人といちゃいちゃしながらデスクワークしかしてないから、

息子は息子でいらいらが募り酒におぼれるという悪循環。

 

トマの家庭はとても理想的に見えるし、エヴにも夫婦は優しく接しているのだけれど、

トマが妻以外の女性とエロいチャットを交わしているのをエヴは知って以来、

父のことが信じられなくなっています。

「父はもうすぐ離婚するにちがいない」

「そうしたら13歳の私は施設送りになってしまう」

そして薬を多量摂取して自殺未遂騒動を起こしてしまいます。

 

また、高齢のジョルジュは常に死ぬことばかり考えているのだけれど、

自殺しようとしてもケガをして生き残り、銃を入手したくていろいろ人に頼むも上手く行かず・・・

 

ジョルジュは自分と同じように自死にとりつかれている孫娘を呼んである告白をします。

それは、愛する妻の首を絞めて殺したということ。

そして、このことを後悔していないということ。

祖父のカムアウトに心を開いたエヴは、同級生を殺そうとしたことあった、と告白(母のことは話さず)

 

そして、アンヌとローレンスの婚約パーティの日。

(敏腕弁護士のローレンスはイギリス人みたいで、彼だけが英語を話すんですが、

それにしても、イザベル・ユペールのダーリンがトビー・ジョンズって、笑える!)

 

ピエールが招かざる客を呼んで紹介するという奇行に会場が騒然としていたすきに、

ジョルジュはエヴに車いすを押させて入水自殺を図ります。

 

海の中に入っていく祖父を見ながらスマホを取り出すエヴ。

助けを呼ぶと思いきや、なんと死にゆく祖父の姿をスマホの動画に撮っているのです

 

その横を(父のいないのに気づいて追ってきた)アンヌとトマが叫びながら走っていきます。

動画を撮り続けるエヴをちらっとみながら・・・

 

そして「ハッピーエンド」の文字が浮かび上がりますが、

ジョルジュの命が助かったとしても、ハッピーエンドとは言えないと思いますけどね。

 

本作には「移民問題」と「SNS」という二つのテーマが隠れていると聞いています。

舞台となっているカレーはドーバー海峡トンネルでイギリスとつながっており、

アフリカや中近東からイギリスを目指す多くの難民たちが足止めされる場所で難民キャンプもあり

この地域の社会問題ともなっていることは、たびたび映画のなかでも描かれ

8年前の「君を想って海を行く」では、危険をおかしてイギリスを目指す密航者の青年が主人公でした。

 

使用人は住み込みのモロッコ人だし、会社でも違法就労の移民を雇っていたのかもしれないけれど

特別「テーマ」というほどではなかったです。

 

もうひとつのSNS。

エヴのスマホの動画の画面ではじまり、入水する祖父の姿をスマホに収めていたから

これは意識せざるを得ないのですが、彼女がこれを不特定多数に発信したかどうかは不明です。

トマの卑猥なチャットも、たまたまエヴが覗き見てしまったけれど、

これは不倫相手とのプライベートな会話だから、SNSと言えるのかどうか・・・?

 

ただ、現実をカメラのフィルターを通すと感情が薄くなる、と言うことは言えると思います。

ジョルジュがエヴに

「大きな鳥が小鳥を襲って食いちぎるのを目撃した。

テレビだったら何とも感じなかったかもしれないが、実際に目の当たりにすると、それは恐ろしい光景だった」

というようなことを話しており、

現実をカメラを通さずに受け止めることの大切さを伝えていますが、

これって、ビデオカメラが普及したころよくいわれたことで、

別にSNSは関係ないと思うんですけどね。

 

また、「病気の妻を殺した過去」というのは、まさに「愛、アムール」なんですけど、

首をしめたんじゃなくて、枕で窒息させ、そのあと部屋に目張りをしてガス自殺・・・だったような。

当然「心中」だと思ってみてたんですが、

たしかに「死にきれなかった」「自首した」という可能性もゼロではありません。

 

ただ、二人の住んでいたのは高級アパルトマンの一室で、すでに引退した身だったし、

医者の息子はいなかったと思うんですけど・・・・

 

つまり、「愛、アムール」の後日談っぽくつくられてはいるけれど、厳密には違う話であり、

前作を見た人へのささやかなプレゼントみたいに受け取りました。

 

移民もSNSももっと掘り下げることだってできたはずですが、

それではありきたりの社会派映画になってしまいます。

 

すべてを語らず、観客に投げかけ、能動的に考える行為へいざなうのはハネケ作品ですね。

ぜひ、この続編(っぽい作品)を、5年後くらいにまた作って欲しいです。