映画「ビールストリートの恋人たち」 平成31年2月22日公開 ★★★☆☆

原作本 「ビールストリートの恋人たち」 バリー・ジェンキンス 早川書房

(英語 字幕翻訳 古田由紀子)

 

 

1970年代のニューヨーク。

19歳のティッシュは、小さいころから一緒に育ってきたファニーと愛し合い、彼との子供を妊娠する。

幸せな毎日を送っていたある日、ファニーが身に覚えのない罪で逮捕されてしまう。

彼を信じるティッシュと家族は、ファニーを助け出そうと力を注ぐ。   (シネマ・トゥデイ)

 

もう少し詳しくストーリーを再現しようとしたのですが、

↑がほぼすべて、というシンプルなストーリーです。

ただ、妊娠したのは逮捕前でも、それがわかったのは逮捕後で、

拘置所のガラス越しにそれを伝える美しいシーン。

映画は(原作もですが)ほぼティッシュの一人称で語られます。

 

愛する人とこんな風に会うのはつらい、ガラス越しなんて・・・・

「赤ちゃんができたの」

ファニー22歳、私(ティッシュ)は19歳。結婚はまだしていない。

「まだ誰にも言ってない、あなたに最初に伝えたかったの」

「出産までにあなたをきっとここから出してあげる」

 

家に帰ってとっておきのブランディ―の栓を開け、

ティッシュの家族は、新しい命に乾杯をします。

未婚で父親は収監されているというのにもかかわらず、

それでも産むというティッシュを、父も母も姉も応援しようとしてくれています。

 

後日、ファニーの家族がやってきますが、妊娠を喜んでいるのは父のフランクだけ。

日本人の一般的な感覚でいったら、ティッシュの身体をいたわり、

獄中の息子にかわってこちらが支援する・・・

みたいな話になりそうなところですが、

ファニーの母のハント夫人のことばには愕然としてしまいます。

 

「誰が子どもを育てるっていうの?」

「みだらな行為は愛ではない」

「不道徳なセックス、肉欲、強欲・・・・息子を破滅させる女ね」

「お腹にいる罪の子は精霊によって殺される」

さすがにこれを聞いてフランクの怒りが爆発し、妻を殴り倒します。

 

「私の娘たちは父なし子なんて産まない」

「生まれてくる子はあなたの孫よ、どんな生まれ方しようと子どもには関係ない」

「無教養なあの子たちに子どもを育てるのは無理」

と、ファニーの姉のエイドリアンも参戦して、もう両家の関係はめちゃくちゃです。

 

狂信的なハント夫人の発言はなかなか異常ですが、

結婚前の娘が獄中にいる男の子どもを出産することに賛否はありそうで

別になんてことない話だと思うのですが、

驚いてしまうのは

「ファニーはまったくの無実」ということ。

事件は、既婚のプエルトリコ女性の強姦事件で、被害者が面通しで「犯人はファニー」だと証言したのです。

たまたまそばを通りかかったとか、不運な偶然があったわけでもなく、

ファニーはそこからはるかに離れたところにいて、

ティッシュや友人のダニエルといっしょでアリバイもあったのに・・・なぜ??

 

実はその少し前、食料品店でティッシュにつきまとう白人男にファニーが文句をつけ

外まで追いかけたところに警察官が登場。

「黒人が白人に暴力をふるったから逮捕」しようとしたところ、

店主のオバサンや周りにいた人から反論されて、すごすご引き下がったのですが、

そのとき、ベル巡査は

「お前とはまた会うかもな」と捨て台詞を吐いて立ち去ります。

そして、そのことばどおり、ベル巡査は

「強姦事件現場から逃げていくファニーを見た」というでっちあげの証言をして、

これが決め手となって、逮捕されるという不条理さ。

 

さすがに70年代に防犯カメラやDNA鑑定はなかったでしょうが、

こんな証拠もなしに逮捕していたら、

拘置所は人であふれてしまいそうですけどね。

こんなに完璧な冤罪だったら、もっと社会派の映画になってもよさそうなものですが、

そういうわけでもない。

「ブレないふたりの愛」で乗り切ろう!という映画なんですね。

 

これで思い出すのが2年前の「ラヴィング 愛という名前のふたり

これは異種人種間の結婚が多くの州で禁止されていた時代に

どうしても正式な夫婦になりたくて裁判を戦い抜いた白人の夫と黒人の妻のドラマで、実話です。

当時の各州の法律格差とか伝えつつも、

メインは『愛しあうふたり』っていうところは、本作と近いかもしれません。

 

この不条理な収監に家族が何もしなかったわけでもなく、

プエルトリコに帰国してしまった被害者の証言を撤回してもらうために

なけなしのお金を叩いて母シャロンが渡航したりするも、

被害者はショックで精神をやられていて、再証言も無理そう。

犯人が分からない状態では被害者は気持ちの整理がつかないだろう・・・

女性として被害者の気持ちのわかるシャロンは複雑な思いです。

 

ジョゼフとフランクの二人の父は、

「奥の手を使って現状を打破しよう」

「急いで仕事にとりかかろう!」

って、何をするのかと思ったら、ファニーの保釈金を稼ぐために、

「波止場で衣料品を盗んで売りさばく」

・・・・って、それ、ガチな犯罪ですよね。

 

ファニーのアリバイを証言できるダニエルも、無実の車の窃盗で2年の実刑をくらっていたのですが、

そのときマリファナを吸っていて、

「こっちのほうが重罪だったから、窃盗はしてないけど捕まった」

・・・って、自分で選んだんじゃない?!

 

「やつらは黒人を思い通りにハメられる」

「白人は悪魔の化身だ」

とか、愚痴を言って盛り上がるだけなのが、

なんか観ていてもやもやするというか・・・それが当時の現実だったんでしょうが。

黒人が迫害されてる(本作とは無関係の)モノクロ写真を挟むことで、

ちょっとドキュメンタリー感を出してますけど・・・・

 

とにかく、原作者も黒人で、ティッシュの一人称語りだから、全編「黒人目線」というのは分かるけれど

(本で読んでもそんなに気にならなくても)映像にしてしまうと、なんかつっこみどころばっかりで、

「おかしいだろ!」と思ってしまうんですけどね。

 

被害者も帰国しちゃって、悪徳警官の嘘証言だけで、どんな裁判やったんだろ?

裁判シーンはなかったけれど、これやってたら、突っ込みどころオンリーだったでしょうね。

 

オスカーとった「ムーンライト」のスタッフが撮っているので、

黒い肌が(誰の目から見ても)美しく撮れている、というのは確かで、

70年代のメンフィスのビールストリートの空気感とか、(私はわからないけど)

いい感じに再現できているのでしょう。

舞台はニューヨークのハーレムなので、なんでビールストリートが出てくるのかは、

よくわからなかったんですけど。。。

 

ただ、「ムーンライト」に比べたら、あまりにストーリーがアレで、

内容のうっすーい黒人差別映画という印象はぬぐえません。

白人のなかでも、親身になって部屋を斡旋してくれた人がユダヤ系だったり、

いい席に案内してくれるレストランの店員がスペイン移民だったり、

悪徳警官に反論してくれた食料品店のおばちゃんがイタリア系だったり、

そのへんも差別映画あるあるですね。

 

もっと細かいことをいうと、臨月近くなって子どもがお腹をけるんだけど、

あれは「幸せな痛み」で、そんな転倒するほどの威力はないとおもうし、

その頃まだ「つわり」があるのも不自然で

「なにかマズイ病気の伏線?」とか思ってしまいますよ。

 

去年の「ムーンライト」が良かったので、楽しみにしていたんですが、正直がっかり・・・

作品賞とかまちがっても獲らないで欲しい…と思ったんだけど、

ノミネートされてるのは、助演女優賞のレジーナ・キング(シャロン役)と作曲賞くらいですね。

 

後述:  レジーナ・キングがGG賞に続いて、アカデミー賞でも助演女優賞を獲得しました。