映画「ラヴィング 愛という名前のふたり」 平成29年3月3日公開 ★★★★★

 

1958年、大工のリチャード・ラビング(ジョエル・エドガートン)は、恋人の黒人女性ミルドレッド(ルース・ネッガ)の妊娠をきっかけに
結婚を申し込むが、当時バージニア州では異人種間の結婚は違法とされていた。
二人は法律で許されるワシントンD.C.で結婚し、地元で新婚生活をスタートさせるが、
突然夜中に保安官が現れ逮捕されてしまう。
彼らは離婚するか生まれ故郷を捨てるかという耐え難い選択を迫られ……。(シネマ・トゥデイ)
 
私は小学生の時、「本を読まずに読書感想文を書く」という特技があって、
特に、感動系のノンフィクションものだと、まずバレることがありませんでした。
 
この映画がまさにそういう感じで、予告編みたら、ほぼ全貌が分かってしまった感じで、これ以上見なくても・・・・・
と思ったんですけど、いやいや、想像以上のいい映画でした。
 
(ワシントンDCで結婚式を挙げた)白人のリチャードと黒人のミルドレッド(ビーン)が眠っているところへ
夜中に保安官たちが現れて二人を逮捕する、予告編のあのショッキングなシーンは最初の方で登場します。
二人は別々に収監され、リチャードは翌朝保釈、身重のビーンは父親が保釈金を払ってようやく釈放されますが
納得いかないリチャードは弁護士に相談すると・・・
バージニアの州法では、異種間結婚は認められていないから、ワシントンDCで受けた結婚証明書は無効。
有罪を認めれば25年の執行猶予がつくが、婚姻関係を解消しなければ州外退去となり
25年間二人一緒にここに住むことはできず
再逮捕されることがあれば、二人とも、即1年の実刑となる・・・といわれます。
 
1958年、6月2日、バージニア州キャロライン郡の裁判所での判決は、弁護士のいうとおり
「州の風紀を乱した罪でそれぞれ1年の懲役だが、
(自ら罪を認めたので)その執行を25年猶予する。」というもの。
裁判費用36ドル25セントを支払い、あっけなく裁判は終わりました。
 
 
ところで、バージニア州キャロライン郡というのバージニア州の北東部なので、ワシントンDCには日帰りできる距離。
また、この地方では昔から白人と黒人が入り乱れて生活していて、黒人の地位が低いというわけではないのです。
 
リチャードはレンガ職人なんですけど、彼の雇い主はビーンの父で、もちろん黒人。
生活レベルもむしろリチャードよりもビーンの実家の方が高いような印象で、リチャードとの関係も良好。
人種がちがっても(まったく平等とは言えないまでも)一緒につるんで遊んでいるし、
古色蒼然の法律はあるものの、現実は想像以上に異人種は生活のなかにとけこんでいるんですね。
それでもリチャードたちを快く思っていない人も多分いて、誰かが保安官にチクった・・・というのも心穏やかにいられません。
「違う人種が入り乱れているのは神が定めた自然の掟に反している」というのが「正しい」とされていた時代、
愛する人と(同棲ではなく)合法的に「結婚」したかった二人は州内にはとどまれず、
知り合いを頼ってワシントンDCで暮らし始めます。
 
頼る人のいない都会での暮らし。
「赤ちゃんはお義母さんのところで産みたい」というビーンの願いをなんとかかなえようと、
州境までリチャードが車で送り、ビーンの兄レイモンドに迎えにきてもらって里帰りすることにして
助産婦をやっているリチャードの母のところで、無事に息子のシドニーを出産します。
この一番幸せな瞬間に、やっぱりかぎつけてやってくる警察車両。
あっさり逮捕されてしまうふたり。
 
執行猶予期間に同じ「犯罪」を侵してしまったのだから、このままいけば1年の実刑なんですが
弁護士が「里帰りだけは認められる、と誤ったアドバイスをしてしまった」とウソをついて
責任を被ってくれたおかげで、200ドルの罰金ですみましたが、
「今度やったら実刑だぞ」と。
 
ワシントンDCでリチャードは職を得て、子どもも3人になって、幸せそうに見えるのですが
「元気な子どもたちを広い田舎で思いっきり遊ばせたい」という気持ちが強くなったビーンは
テレビで見る10万人以上の行進に刺激されて、ケネディ司法長官に手紙を書くことにしました。
 
そしてある日アメリカ自由人権協会(ACLU)の弁護士を名乗るバーナード・コーエンから電話があり、力になる、と。
郡の裁判所の判決に不服を申し立てるのがすじなんだけれど、控訴期限の60日を過ぎてもう5年もたってしまったので
もう一度同じ罪を犯して再逮捕されてくれれば、申し立てができる・・・といわれるも、
そこまでの危険が侵せずに断りますが、この後次男のドナルドが交通事故にあってしまい、
「都会暮らしは無理」という気持ちが強くなって、「逮捕されても故郷に戻る」ことを決断します。
 
二人は実家から離れた人目につかないところに家を建てて暮らし始めるのですが
一方でライフの取材を受けて記事にしてもらう、という大胆なこともしています。
ヴァージニア州では違法でも、アメリカの北部のひとにとっては、彼らが罰せられるのは許しがたいことなので
かなりの反響を呼びます。
 
 
 
↑これがそのときに掲載された実際の写真で、タイトル画像はこれとそっくりです。
 
このほかにもラジオの取材とか、積極的に受け入れるビーンに対して、リチャードは否定的。
そもそも無料の弁護士とか、味方のふりをして近づいてくるマスコミは信じていなくて
ビーンを守れるのは自分しかいないと思っている夫の気持ちもわかるから、二人の仲が険悪にはなることはなく、
「夫に従います」とけっして出しゃばらないビーンに頭が下がりました。
 
ACLUの弁護士たちがラヴィング夫妻の代理でキャロライン郡の判事に申し立てていた案件に
ようやくバジル判事から返答が来て、それは彼らの結婚を非難する散々なものでしたが
逆にこのおかげで最高裁への道がひらけたのです。
 
州の裁判では敗訴するものの、リチャードとビーンの結婚から10年近くたった1967年6月12日、
アメリカ合衆国最高裁判所は、反異人種間結婚法を定めたバージニア州法は違憲であるとして、
ラヴィング夫妻の有罪判決を全員一致で覆したのです。
彼らは口頭弁論には参加しませんでしたが
「妻を愛している」というリチャードからのメッセージが弁護士を通じて伝えられました。
 
この言葉とか、仲間にいわれた「お前は離婚すればいいだけだ」という言葉とか、夜中の逮捕劇など、
予告編で登場するシーンをつなぐだけだと、陳腐なお涙映画にしか思えないんですけど、
2時間じっくり見ていくと、この時代の空気感とか夫婦生活で築き上げられた年輪のようなものとか
いちいちリアルに胸にせまってきて、気が付くと目がうるんでいるような、そんな映画です。
(サブタイトルがダサイのがちょっと気にはなりますが)
 
↑の仲間の言葉は「お前たちは早く離婚しろ」といってるのではなく、
「(自分たち)黒人は死ぬまで黒人を辞められないけれど、お前はもしイヤになったら離婚すればすむ話じゃないか」
という意味だったのですよ。なんか予告編で騙された感じ。
 
家に石投げられたリ、彼らのハーフの子どもがいじめられたりするシーンがある「はず」と思っていたんですが、
そういうのがないかわりに、ライフの記事がレンガに包んでさりげなくおかれていたり、
保安官にチクったのはもしかして身内なんじゃないかと疑ったり、リアリティーある描写です。
もし自分が母親だったら、「一生傷ついて生きるより早い段階でダメになって欲しい」と思ってしまうから、これもありかも。
 
マスコミ対応の違いも「夫婦あるある」ですね。
好意的に書いてもらおうと愛想よくふるまう妻に、ぶっきらぼうの夫。
ビーン役のルース・ネッガの繊細な演技が胸に沁みます。主演女優賞獲って欲しかったです。
 
「この夫婦がものすごく頑張った」的なプロモーションですが、実際に頑張ったのは弁護士たち。
彼らにとっても、自分たちの活動にこの夫婦を「利用した」という節がなくもないですね。
 
ケネディ司法長官の名前がでた時点で、ロバート・ケネディのそっくりさんがかっこよく登場する「はず」と踏んでいたのですが
彼はビーンの手紙を無視せずにACLUにつないでくれた恩人ではありますが、声での登場すらなし。
これも想定外でした。
 
ラヴィング夫妻のことは過去に何度も映像化されているようですが、(私が想定したような)こてこてのフィクションだったり
あるいは完璧ドキュメンタリーだったり。
ある意味「手垢のついた」素材を、ここまで繊細なドラマにするとは見事です。
 
私はちょっと泣いてしまったけれど、もし「感動」できなかったとしても
「異人種間の婚姻」という、違法性の解釈がばらばらだったこの時代の、
南北の境目に位置するこの州の時代感が伝わって、「お勉強になる」映画でもあると思います。
 
参考までに「アメリカ合衆国諸州において反異人種間結婚法が廃止された年」一覧の地図をWIKIから引用しました。
 
 

 

  法律なし    グレー

  1780年から1887年 グリーン

  1948年から1967年 イエロー

  1967年以降   レッド