映画「北の桜守」 平成30年3月10日公開 ★☆☆☆☆

 

「北の桜守 原作」の画像検索結果

 

1945年、樺太で暮らす江蓮てつ(吉永小百合)は、

8月にソ連軍が侵攻してきたために2人の息子と一緒に命からがら北海道の網走まで逃げる。

凍てつく寒さと飢えの中、てつたち親子は必死に生き延びるのだった。

1971年、アメリカで成功を収めた次男の修二郎(堺雅人)は日本初のホットドッグ店の社長として帰国し、

網走へと向かう。                                       (シネマ・トゥデイ)

 

本作は、

①吉永小百合120本目の映画作品

②吉永小百合主演「北の三部作」完結編

ということで・・・・

 

①のほうは、120本も出演(しかもほぼ主演級)するのは、すごいことだと素直に思います。

②平成17年 「北の零年」

  平成24年 「北のカナリアたち」

  平成30年 「北の桜守」

  この3作品の共通点は タイトルに北がつき、北海道が舞台になっていることと

 吉永小百合主演と言うだけで、ストーリーに関連性はありません。

 (むしろ「阿部寛との共演だったし「ふしぎな岬の物語」に似てたかも?)

 

過去作はおしなべてトホホ・・・の出来だったので、今回も劇場鑑賞はスルーのつもりでしたが、

①うちの長女はユジノサハリンスク(旧南樺太の豊原)出身のロシア人と結婚したので、

  他人事と思えなかった

②監督があの「おくりびと」の滝田監督で、共演者が日本映画の主役級の豪華メンバー

③月末に期限がくる東映の株主招待券がたくさん残ってる

等々の理由により、バルト9で鑑賞しました。

 

残念ながら散々な結果でしたが、

もう途中からは、

「キャストも製作スタッフも、ちゃんと自分の仕事をこなしているのに、

なんでここまでの仕上がりになってしまったか??」

ストーリーとは関係なく、そればかり考えていました。

 

たぶん、それは、いつまでも吉永小百合の美しい姿を記憶にとどめておきたいオールドファンへの

「忖度」

なんじゃないかと・・・・

「オールドファン」には、一般人だけじゃなくて、映画界の大物的な人も多いでしょうから、

ここまであからさまな結果になるんでしょうね。

・・・なんてことを、観ながらずっと考えていたのですが、

とりあえず、ストーリーを書きます。(これ、別につまらないわけじゃないです)

 

1945年、南樺太、恵須取(エストル)。

江蓮製作所の前に桜の木が花をつけます。

それは、父(てつの夫)の徳次郎が、内地からタネを持ってきて植えた木だったのです。

その木の前で、記念写真をとるために村の人たちが集まってきます。

セルフタイマーでシャッターを押したのはてつでしたが、席に戻ろうとして転んでしまいます。

(予告編の阿部寛・吉永小百合の「お姫様抱っこ」はここの場面です)

シャッターが切られた時、まだちゃんと座れていなかったから、写真はこんな感じになってしまいます

        ↓

 

「北の桜守」の画像検索結果

 

(あとで1971年に64歳ということがわかるので)

この時のてつの年齢は38歳の設定なんですね。

実年齢マイナス35歳の設定!

ま、いつものことなので驚きはしないけれど、それより、当時のアラフォー夫婦が

人前でこんなにいちゃいちゃするか?!って思いましたが。

 

この後、ソ連軍が日ソ中立条約をやぶって樺太に侵攻してきます。

出征する徳次郎と本土へ避難するてつと息子たち。

家族はここで離ればなれになります。

「必ず内地で会おう」

「清太郎(長男)は、母さんと修二郎(弟)を守るんだよ」

 

 

 

映画を観ていた時は恵須取(現ウグレゴルスク)の場所がわからなかったんですが、

けっこう北の方ですね。鉄道駅からも離れています。

 

避難民を容赦なく襲うソ連軍の空爆。

爆死した人の荷物に群がって盗み出す人々。

三人はなんとか大泊から小笠原丸に乗船して、内地(稚内→網走)を目指します。

 

場面変わって、1971年の春、札幌。

冬季オリンピックを翌年に控えた活気あふれる街に

「ミネソタ24」というコンビニエンスストアの第一号店がオープンします。

 

「人の倍働け!」「寝ずに働け!」

店舗スタッフのまえで喝を入れるのが、江蓮修二郎(堺雅人)、おとなになった、てつの次男です。

店は大盛況で、妻の真理(篠原涼子)は大喜び。

修二郎は、アメリカ本社の社長の娘と結婚して、今の地位を得たのでした。

 

ある日、網走市役所から修二郎のところへ電話がかかります。

64歳になった母が今もひとりでやっている網走の「江蓮食堂」の仮設が取り壊されるため

身内をさがしていたというのです。

 

あわてて修二郎が訪れると、今にも崩れそうな食堂の建物の隙間だらけの台所で

今もおにぎりをにぎり続けている母がいました。

エストル時代の駐在さんの山岡さん(岸部一徳)が今もそばに住んでいて、面倒をみてくれていたものの

母のことが心配でなりません。

(このあたりのシーン、「母と暮らせば」の上海のおじさんとおんなじですね)

 

母を連れて札幌に帰ってきた修二郎。

鏡の自分や桜の木に話しかけたり、靴を履き間違えたり、

母の奇行を真理は気味悪がりますが、

病院に連れて行くと、

「アルツハイマーではない。過去になにか忘れたい出来事があるのでは?」と言う診断。

その後も、八百屋から勝手にネギを持ってきたり、庭で火を炊いたり、

たびたび行方不明になったりしては、夫婦を慌てさせます。

 

お店の売り上げも落ちて大変な時期なのにもかかわらず、店を従業員にまかせて、

とことん母に付き合うことを心に決める修二郎。

断崖絶壁の秘境の祠を詣ったり、母の古い知り合いを訪ねながら、戦後の親子の人生を振り返ります。

 

生活のためにヤミ米を運ぶ仕事をして警官に追われたり、空腹に耐えかねてジャガイモを盗んだり・・・

そして、一番思い出したくない辛い記憶、

それは、小笠原丸が沈められ、海に投げ出され、長男の清太郎を死なせてしまったこと。

顔も思い出せない夫の最期も、シベリアで一緒に抑留された山岡さんの話で明らかになります

 

すべてを思い出したてつは入院していた病院から再び行方をくらまし、

もう誰も見つけることができませんでした。

 

2年後、「ミネソタ24 100店舗達成!」に沸く修二郎のもとへ、てつらしき人がみつかったという知らせが。

なんと母は、桜の木に話しかけて手当てをする「桜守」として、たったひとりで生きていたのでした。(おしまい)

 

後半かなり端折ってしまいましたが、こんなストーリーでした。

先が読めない、というほどではないけれど、思った通りに進んでいくベタな話ではないし、

堺雅人、佐藤浩市、岸部一徳、篠原涼子、高島礼子といった一流俳優が贅沢に配され、

過去を振り返るところでは、再現シーンに加えて、舞台劇を挿入してくるという斬新な挑戦。

四季折々の雄大な北の大地の風景も美しく、列車やカメラでオタク心もくすぐります。

現代シーンも(平成の今の時代ではなくて)昭和46~48年ですから、プチレトロ感も出ています。

 

見どころてんこ盛りの贅沢なつくりにもかかわらず、

やっぱり仕上がりは★ひとつか、せいぜい★★どまりといわざるをえないのは・・・なぜ?

 

最後に私が感じた「違和感」を連射させていただきます。

 

「北の桜守」というタイトルにもかかわらず、ラスト数分でいきなり桜守になっていて驚きました。

あの2年間、何をしていたのかなにもわからなくていいんでしょうかね?

戦争中ならともかく、今の時代に誰にも知られずに2年間、仙人のように生きることのほうが難しいです。

 

 

吉永小百合さんは、73歳の年齢を感じさせない美しい女優さんですが、

かといって、おなじみの若い設定は見ていて辛いものがあります。

実年齢で言ったら、相手役は阿部寛や佐藤浩市ではなく、岸部一徳なんですよね。

それでも2歳年下です。

64歳がメインの今回は過去作よりはましでしたが、

38歳も64歳も演じ分けすらできてなかったような気がします。

 

製作費のかかりそうなシーンを舞台劇に切り替えるのはナイスアイディアとおもいました。

演出も素敵で、むしろ、これ、全編「劇シネ」みたいな舞台上で完結した方がいいのでは?

ただ、舞台劇の経験のほとんどない(と思われる)小百合さんのセリフの下手なのが、一目瞭然でしたね。

 

私はサハリンのシーンを楽しみにしていたんですが、サハリンロケ、全くしてないですよね?これ。

終戦後にソ連が侵攻してきたことについても、ほとんど解説はなく

4年前にみたアニメ映画「ジョバンニの島」のほうがずっと参考になります。

 

ライカのカメラが何度も登場しますが、

ライカにセルフタイマーがついたのは、昭和30年代くらいになってからだとおもうけどな~

(この件は未確認ですが・・・)

「ミネソタ24」という店名は24時間営業を暗示するようなネーミングですが、

1971年といえば、7時→11時のセブンイレブンの1号店より前だから、そんなわけないんですよね。

(きっと最初はホットドッグ屋だったのを、ローソンとのからみでコンビニになったような気がします)

ほかにも、時代考証大丈夫?という箇所がいくつかありました。

 

「札幌五輪を翌年に控えた1971年の札幌」という設定にもそそられたんですが、時代感はほぼなし。

店内もめちゃくちゃチープなセットで、唖然としました。ここはちょっとお金をかけて欲しかった。

店長役の野間口徹はたいだい腹黒い役が多いので、絶対にどこかで裏切ると思っていたら、

最後まで実直で優秀な店長でしたね。

ほかのキャスティングでは堺雅人はスカパーのCMまんまのキャラだし、

意外性があったのは彼だけだったかも。

 

てつはアルツハイマーではなく、過去の心的ストレスからおかしな言動に走る・・・みたいな説明でしたが、

判断力はあるわけでしょ?

自分が何もいわずに姿を消したら家族が困ることは理解できないのかな?

徘徊老人よりよっぽどたちが悪くて、困ったものです。

それにしても、この大変な時に、責任者が仕事を放りだして、母を探すというのはまだしも、

何日もかけて母の古い友人探しの旅に出るっていうのも

どう考えても現実的じゃないです。

 

書き出すとキリがないのでこの辺にしておきます。

誰も悪くないのに(しいていうなら北三部作すべての脚本を担当した人かな?)

みんなが忖度を重ねて行った結果、こんな残念な結果になってしまったようです。

 

ルージュの手紙」で、奔放なクソババアを演じたカトリーヌ・ドヌーヴのような女優を目指すか、

さもなければ、121作目からは、メジャー公開はせずに、こういうのが好きなマニアなおじ様たち向けに

ひっそりと限定公開していただきたいものです。