情と理性
理性的な精神は知性や品性や洗練されたライフスタイルを生み出しします。
社会にあっては合理性を重んじる性質を作り出すでしょう。それに対して、
情性の方は、友情や親子の情など愛情の方を生み出します。また、奉仕の精神や
人情も育てます。人間にとって一つのものである精神がその中に合理性と情と言う
相反するエネルギーを持ち合わせているのです。ところが理性と情の度合いによって、
諸々のパターンが生れて来ると言う、不思議な現象がある。もし結婚して、
夫の方が、素晴らしい合理性の持ち、人生に無駄がなく常に理性と知性に支えられて
いて仕事の進展も良い。加えて妻の方も知性に裏ずけされた美を持ち井戸端会議など
に振り向きもしない理想的な女性。こんな夫婦がいたら、それこそ夫婦の鏡でしょう
しかし運命とは意地悪なもので、いつに日にか破滅することになるのです。
なぜならば、夫婦共に合理主義に偏り過ぎます。合理性に偏ると、どんな弊害が
起こるかというと、こどもが精神的に不具合が生まれてれてきやすいのです。
そして、人の情が通じない人間が出来上がります。その結果、親の苦しみが、始まる
のです。理に傾けば、情で苦しみが現れ、情に傾けば、理に苦しみが現れる。
両親が人情家で世話好きで奉仕精神に傾けば、子供は合理精神が身に付かず、学校へ
行っても中々勉強はあまりやらない。しかし友達付き合いは実に良い人となる。
少なくとも、夫婦一代子無しの人生を歩む人はどちらに傾いても人生に弊害は
ありませんが、子供を育て孫と楽しむ老後を送ろうとする夫婦は、理性と情性の
バランスを考えどちらにも傾かないように心掛けなければ、晩年の幸福は得られない
のです。理想的には父親が理性的、母親が情的であること。