自分を演じる自分 | 梶田鏡朝(あきとも)の開運秘伝

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自分を演じる自分

 

 

 

昔は本当の自分は、演じている役柄の自分ではないなどと思考が進んでいき、 まずはこの人生の劇場論のほんの入り口の部分つまり広い世界での舞台で自分と言う役柄を演じることを算命学的に考えてみましょう。

 

算命学では宿命環境が作用して運命が生じると考えます。これは宿命と言う役者に、環境と言う役柄が与えられて、運命という舞台が進行していく、感じで捉えて下さい。役者自身はまずは素質です。

 

大富豪を演じるのが得意な役者もいれば、芸術家を演じるのが得意な役者もいます。これはスポーツに向く車騎星がある人。勉強に向く玉堂星などと同じことです。そして配役が決まります。見事に適役が回ってくる役者、そうでない役者もいるでしょう。

 

これが人生における環境ということです。つまり社会おける役割母親であったり技術者であったり、社長であったりすることです。そして舞台が進みます。「台本は?」それこそが運命です。

 

始めから決まっているのではなく、舞台上の役者同士の絡み自然と創られていきます。そして創られた舞台が次の舞台の進行に影響していきます。これが人生の劇場です。

 

さて、ここで忘れてならないのは、演じている 役柄ではなく、役者自身その役柄を演じていることで幸せか?と言うことです。つまり自分で自分の役柄適役と思っているか、あるいはとても自分に合っていないと思っているかが重要になります。

 

算命学で言うところの幸、不幸は大抵このことを問題にしています。大富豪の役柄を演じて幸せなのではなく、適役を演じているから幸せなにです。では適役かどうかは、最初から決っているのでしょうか?それも違いますか?。

 

宿命的に決まっているのは適役の方向性だけであり実際の役者と同様、とてもこなせないような難しい役を演じきることで、役者自身が成長していくということもある。

 

また、その時の満足感はかなりのものしょう。つまり、当たり前ののことですが適役かどうかは演じてみるまで分からない、ということです。しかし、限りある時間(人生)の中で何役もこなすのは難しいことです。

 

そこで算命学では命式を観ることである程度の見当をつけるのです。但し算命学的に観て適役であっても「役を懸命にこなす」ことを怠れば「役が降りてくる」ことはありません。自分が満足するまでやるということが結論です。