前回の記事では、慌てて中学受験のレールに乗るのをやめて、一旦様子を見ることにした理由について書きました。

では、このまま過熱する中受レースには乗らず、公立中から15歳の「高校受験」を見据えるとしたら、中受を回避した先にはどんな現実が待っているのでしょうか?

気になって『中受しないルート』の先輩家庭のその後や、高校受験の動向を自分なりにリサーチしてみました。
すると、公立ルートは決して中受の妥協案などではなく、あえて選択するだけのメリットも見えてきました。

合理的(?)と思ったメリットを3つにまとめてみました。

 

① 「脳の発達」に合わせた効率的な学習ができる

これが一番腑に落ちました。中学受験の算数などは非常に高度で、小学生にはまだ難しい抽象的な概念を無理やり詰め込むことになりがちです。
でも、人間の脳(前頭葉)は中学生にかけて大きく発達します。小5でいくら説明しても理解できなかった抽象的な数学や長文読解が、中2になれば「なんだ、そういうことか」とあっさり理解できたりするそうです。
脳が成熟する15歳にピークを持っていく高校受験は、発達段階理にかなっていて、無理な詰め込みによる「勉強嫌い」を防ぐ大きなメリットになります。
 

 

② 「多様性」の中で揉まれる経験が、社会での強さになる

私たちが公立中をためらっていた理由の一つが「荒れているかも」「色んな子がいそう」という不安でした。でも、先輩たちの声を聞くと、この「色んな子がいる環境」こそが最大の学びになるそうです。
勉強が得意な子、スポーツ万能な子、ちょっとやんちゃな子、色んな背景を持つ子とコミュニケーションをとる経験は、社会に出てから多様な人と働くための「たくましさ」や「スルースキル」を育ててくれます。温室育ちではなく、あえて雑草の中で揉まれる期間も悪くないなと思えるようになりました。

 

③ 15歳だからこそ自分の意志で進路を選べる

12歳の中学受験は、どうしても親の受験になりがち。
でも15歳の高校受験は反抗期も経て、自我がしっかり芽生えた状態で「自分はこの高校に行きたい!」と自らエンジンをかけることができます。『親にやらされた』のではなく、自分で勝ち取ったという経験は、その後の大学受験や人生において大きな自己肯定感につながるそうです。

こうして調べてみると、小学生のうちは無理に偏差値の枠に押し込めず、しっかり寝て、基礎体力をつけ、土台となる好奇心を育てておくことの価値がすごく大きく見えてきました。

もちろん、学習習慣だけはつけておきたいので、我が家なりの作戦はありますが・・。
私は車の免許を持っておらず、お出かけはもっぱら電車なのですが、これからは週末に息子に路線図、電車の時刻表を渡して「〇〇に行くための最適なルート設計」を任せたり、色々な街を自分の足で歩かせたりしています。(息子はバスVS鉄道旅とか好きなのでにっこり)

机の上のドリルだけではない、生きた教養や考える力を、小学生の間はゆっくり育てていきたいです。

皆様は、公立中ルートのメリットについてどう感じられますか?