「花開く」「花が咲く」…は、これまでの努力が成果としてカタチとなって、自分の目指していたことや夢が叶う…といったプラス言葉ですよね。
1ケ月ぶりの『カジマンのブログ』なのに「花を咲かせてはいけない」とはどういうことなんだ?
元気がそがれるような耳に障るような、はたまた挑発的に聞こえるようなタイトルで申し訳ありませんです。
決して悪気があってのことではないのです。これまで気がつかなかった新しい考え方・生き方のヒントを得たような気がしたんです。
例年7月の第一日曜日にね、地元深川神明宮の境内で朝顔市が開催されます。
毎年そこで1~2鉢買ってわが家の玄関の一員にしています。
でも今年は、買ったひと鉢をすぐカミさんの実家にプレゼントしちゃいました。
義父の一周忌に毎朝咲く朝顔を見てお母さんにとって心のなごみになるんじゃないかな…って思ったんです。
その替わり…といってはなんですが、今年はね、これまで代々採取した種がいっぱいあったのでそれを植えたんです。今はあまりお目にかかれなくなったカメラのフィルムケースに入れて引き出しに永らく仕舞ってあったものです。
種を蒔く、芽が出る、双葉、葉っぱが茂って、大きくなって、ツルが上へ上へと延びてゆく…「成長」そして「花が咲く」。これら朝顔が私に示してくれたすべての言葉は、まさにおめでたいプラス言葉ですよね。
今年は極端に雨が少なくて、しかも猛暑続きだったから水やりや雑草取りは、これまでなかった私の毎朝の日課となりました。
そしてキレイな花を射咲かせてくれました。
さて、「花を咲かせてはいけない」は、つい先日ハーブ教室で先生に言われたことです。
わが家の玄関脇にはね、バジルも育てているんです。広がった葉っぱを採取してはミキサーにかけてバジルソースを作っています。そのバジルをね、いつまでも大切に育てたいのであれば花の咲き際、つぼみ前でカットしなさい!とおっしゃるのです。
そうすることによって茎の脇からまた新しい芽が出て、1本のバジルであってもそこからいつまで新鮮な葉を採取することができるんですよ!と。
植物の宿命は、自分の子孫を残すために花を咲かせたら自分の役割はこれまで…とばかり、その後は種を残して枯れてゆく…。つまり、“花を咲かせちゃった一生は終わり”みたいな話を先生がされたので、はたと考えさせられた次第です。
もっともっと自分を高めたい・磨きたいと思っている人は要注意ではないでしょうか?
「やった!とうとう花を咲かせることができたぁ!」という自覚は自己啓発意欲旺盛な人ほど、あえて封印したほうが良いのだ…と、ピークを終えてしまった朝顔から、そしてバジルから改めて学んだカジマンの今年の夏でありました。