3週間ぐらいか、この一生懸命学校ってとこにいたんだけど、最終日はね、「マラソンテスト」ってのしたのね。
これは、1問10点の100点満点の簡単なテストだけど、70点以上とか規定点以上取らないと合格じゃないのね。しかもそれを10回以上連続で取らないと駄目なのね。9回目で60点だったら、また1回目からやり直し。
こうやって書くとかなりキツイんだけど、テスト問題はかなり簡単なのね。
おれは数学コースだったけど、数学って基礎と応用とかあったじゃん??あれの基礎しか出ない感じね。
これは最終日だからね、親も夕方に迎えに来る予定で、みんな終わって終業式みたいのやって、帰るってことだったんだけど、テスト終わらないやつは次の日も延長で学校に残るっていう、当時は鬼テストだったのね。
昼飯を食べて、だいたい1時ぐらいからそのマラソンテスト開始したんだけど、おれは2時ぐらいで合格して、終わっちゃって、英語コースじゃないんだけど、時間が余ったから「英語のテストもやってみろ」って先生に言われて、やることになったんだけど、英語のほうも合格しちゃって、先生に「お前いつもボーッとしてたけど頭よかったんだな」とか言われたなw
で、5時とかに終業式やって、帰りって感じだったかな。
で、一応学校内ではね、お互いがどこに住んでるか聞いちゃいけなかったのね。良くわかんないけど。
でも最後に、なんだっけあいつ、梅ちゃんとかから紙渡されて、「これに電話番号書いて後でおれに渡すか、ここに電話かけろ」みたいなこと言われて、片柳と、どうする?みたいなこと言ってたんだけど、「書かなくていいよな」って言って、そのまま美しい思い出として、帰りましたとさ。
うんうん、良く締まったな
そういや、一生懸命学校1ヶ月ぐらいあったって書いたけど、たしか3週間ぐらいね。
そんで、ちょうど真ん中ぐらいだったかな?1週間ちょっと経ったときに、「歌のテスト」があったのね。
広場みたいなとこで歌う訓練があったから、大きい声だすことじたいは苦では無かったんだけど、そのテストは食堂の、みんな飯食ってるとこで発表って形で歌う、今も絶対やりたくないようなテストだったのよ!!
日にち変えて班ごとに発表するんだけど、おれは2班だったから、全体では早いほうだったかな?
ちょうど中2ぐらいの頃はさ、カラオケに行きだした頃で、おれはユッケ達に付いて行くだけで、「歌わないよ」ってタイプだったのね。
2回目ぐらいに初めて歌ったんだけど、初めて歌った曲が「X JAPAN」の「Voiceless screaming」って全部英語詩、7分ぐらいある曲で、あとで聞いたらみんな引いてたとかいって、もうカラオケでは歌わねーと思ってて、そんぐらい歌うのは基本的に嫌だったのよ。
広場で歌う訓練してたっつっても、みんなの前で歌うのなんか論外ねw
そうだ、しかも歌う曲はね、「Do your best」っていう一生懸命学校オリジナル曲ねww 家にまだテープがありますww
それも、食堂で飯食う時間には、おれらジュニアコースのやつらと、社会人コースのやつらもいるから、もちろん先生も、食堂のおばちゃんも、全部で100人はいたっけか?当時はまじありえなかったよ。しかも、歌詞失敗したら、最初からやり直しww
それをみんなやるわけよ、ジュニアコースの子は。なんかビールケースの上に立ってね。
もうみんなね、足が震えてビールケースガタガタ鳴ってるやつとか、
緊張して上手く歌えないやつばっかで、最初からやり直しっていっても、だんだん甘くなってって、声がちゃんと出てればオーケー的な雰囲気になったのよ。おれは結構後のほうだったのね。
女の子は結構そういう時ちゃんと歌うんだけど、男は恥ずかしい部分が大きくて前も向けない感じでさ。
隣見たら片柳が、「死んだほうがマシだ」とか言ってんのww
そんで俺の番がきたわけ。
直前思いっきり緊張したんだけど、台に上がったら、小学校の時漫才やったこと思い出してさ、「あの時に比べたら・・」って感じになって、とりあえず歌ったのよ。やけに落ち着いちゃってww
歌詞もいつも歌ってたからはっきり覚えててさ。大きい声出すことを考えて。
みんな結構途中で、「止め!!もう一回!!」とか言われてたんだけど、おれは言われないなぁと思いながら歌ってたら最後まで歌いきっちゃって、あれ?と思ったの。
そしたら拍手がバーッってきてさ、なんか先生に「お前は良かった、いつもそうやって歌え」とか言われて、
同じ班の女の子とかから、「マニ君実は歌上手かったんだ」とか言われてww
そう、だからこの、食堂での発表で、歌うのにちょっと自信がついたんですな。それからも恥ずかしいことは恥ずかしかったけど。
最近もよくカラオケ行くけど、おれが大きい声だせるのは、この一生懸命学校行ったってのがかなり大きいんですな。
まぁ一生懸命学校で、自慢っぽいこととか、ためになったことってのも、これぐらいなんですけどねww
一生懸命学校での生活も、6,7日目になると、だいたいどんなやつらが来てるのかが分かってきて、
一生懸命学校なんかに来るぐらいだから、みんな親がうるさくて、不良っぽいけど、不良を演じてる、みたいな、タバコ吸ってるぐらいっていう、やつらが多かったんだけど、2人そんなかで目立ってたやつがいたのね。
ウメちゃんとヒデオの2人で、部屋はおれのとこから離れてたんだけど、片柳がこいつらと仲良かったんですね。2人とも同じ年ね。一生懸命学校にみんなが入る前日から学校に泊まってたやつらがいて、これは、遠くから来る人は入校式に間に合わないから、前日から泊まっていいですよ、ってことね。片柳もウメ、ヒデオも、この前日組ですでに仲良くなってたらしいのね。それでおれも時々喋ったりして、普通に良いやつだったんだけど、
7日目ぐらいに片柳と風呂からあがって部屋戻ったら、部屋と部屋の境の小部屋みたいなとこにカーテンかかって、何人か集まって一人泣いてるのね、
「なにこれ?」って言ったらウメちゃんが「こいつムカつくからヤキ入れた」とかいって、泣いてるのは2,3個下のやつで、おれはそこで、「あー、やっぱこういうやついるんだ」と思ったわけですな。
それからその2人は、影の支配者的地位で、ムカつくやつに片っ端からヤキを入れていって、それも先生に一切気づかれなかったから、たいしたもんだよな。
それで、二人の傍に、不良を演じてます的なうざいやつらが集まって、取り入る感じでね。
おれと片柳は、そのグループからは一旦離れて、2人でいることが多くなったのね。
で、楽しみは、寝る前に話すことでね。布団も、1メートル離さないといけないって言われてたんだけど、おれと片柳だけくっつけて、話しててねww
その話が楽しかったのよ、おれサンデー派だったから、マガジンに「GTO」って面白い漫画がある、とかいってGTOのストーリー話したり、感動した映画とかいってフォレストガンプの話聞いたり、あと、クラスにおっぱい触らしてくれる子がいて・・・とか、片柳はおしゃべりなやつで、おれは聞く側って感じで。窓から工場の明かりが見えて、だいたいその光が夜中1時ぐらいに消えるのね、それでお互い、「あの明かりが消えたら寝よう」って言ってるんだけど、いつも明かり消えて2時ごろに寝てたなぁ。
あの時間は永遠だったね。9時から2時で5時間ぐらいか、毎晩同じ人と5時間も喋ってから寝るって、恋人かよ!って感じだったなww
他にも、同じ部屋のA君はいつも楽しそうな感じのやつで、「マニ君、明日朝4時に起きて、カブトムシ取りにいこうよ!!」って、目をキラキラさせて言われて、その日は片柳との話を12時に切り上げて、A君とカブトムシ取りに行ったりしたなww
もう一人の佐藤は、無口で喋らないやつで、人見知りが激しいっていうか。誰とも喋らないタイプだったんだけど、ヒデオが部屋に遊びにきたときに、「おめえずっと無口でいるんじゃねえよ」って言って佐藤にプロレス技かけ始めて、ヒデオは本気でやりかねないから、「おれも混ぜろよ~」って言っておれも参加したら、無口だった佐藤が「なんだよ~」とかいって笑ったから、あぁ、こいつもなんとかやっていけるな、と。
やっぱね、同じ部屋で寝泊りしてて、一言も喋ったこと無いのは微妙だったしね。
そんなんで、おれは片柳っていうベストフレンドを見つけて、部屋の人とも仲良くやっていったわけですな。
一生懸命学校は、富士山の山麓にある学校で、夏休みの間1ヶ月ぐらい行きました。
ジュニアコースみたいのと、社会人コースみたいのがあって、おれはジュニアコースね。
実際何をやるところかと言うと、まず勉強、大声をだして挨拶・返事をする、10か条みたいなやつを何個も覚える、みたいなまぁ、問題児の更正所みたいな感じね。
そこは案の定ね、普通に不良から、イッちゃった(犯罪者風)のやつとか、逆に勉強大好きのいい子とか、変わったやつばっかでね、なかなか面白かったんで、その話。
最初に入校式?みたいな、校長が「ここはみんなの心を叩きなおす場所です!」みたいなスピーチしてた時に、一人落ち着き無いやつがいて、教員に「落ち着け!」って言われたら「あー?」とか言い返してて、即そいつ退場ですよ。
そういう目だったやつがいて、みんな気になってたのね。こいつはイッちゃった系ね、目なんか特に。
スピーチが終わったら、みんな部屋が割り振られて、男女入れて総勢6,70人かな?それで1部屋だいたい4,5人で、おれは同じ年の片柳、名前忘れたけど同じ年のA君、3個ぐらい下の佐藤ってやつの4人部屋に当てられたのね。
それで3,4日誰とも喋らない日が続いたんだけど、ある日片柳が「あの、入校式で目立ってたやついたじゃん?あいつ笠原っていうらしいんだけど、あいつのチンポズル剥けらしいぜ」って話かけてきて、それからそいつと友達になって、その話した日に、風呂の時間に2人でその笠原のチンポ見て「あー、ありゃそうとうズル剥けだわ~」とか言ってねww
で、同じ部屋の他のやつや、他の部屋のやつともだんだん喋るようになってね。
一日の生活は、朝5時起きでラジオ体操から始まって、6時に大声で歌う、7時に飯、休憩入れて昼まで勉強、飯、昼ね、休憩入れてなんか10か条みたいの覚える、勉強、飯、風呂、勉強、寝る(夜9時ぐらい)って感じなんだけど、片柳と仲良くなってからは、夜2時ぐらいまで喋ってたりしてね。
で、たしか、5,6日目ぐらいにいきなり、目立ってた笠原が、脱走した!ってニュースが飛び込んできて、
聞いたら、深夜女の子の部屋に忍び込んで、「仲良くなろーよー」とか言ってたらしいんだけど女の子の一人が悲鳴だして、慌てて来た教員に捕まったらしいww
そんで、教員に説教されてる間、トイレって言って目を盗んで脱走したって。
おれらの間では、逃げたら富士の樹海に着いて、彷徨って死ぬっていう噂があって、実際はバスで来た道をそのまま帰ればいいんだけど、危険なのは変わりなかったのね。真っ暗で何も見えないし、夜は。
その日は教員たちが大変なことになってて、おれの担任だった人も、午後から笠原を探しに行くって、ローテーションで探してたみたい。
笠原は結局、昼ぐらいに見つかるんだけど、一生懸命学校側も、こいつは手に負えないと思ったのか、詳しいことはわかんないけど、笠原はそのまま家に帰されるのね。
その話はすぐ広まって、「ズル剥けが脱走した」って話でみんな仲良くなっったんだよね。
中2の頃だから、約10年前か。
中2の夏に、一生懸命学校というところに行ったことがあって、その時の話。
中1の頃は、バスケをやってたんだけど、中2の始めにバスケ部をやめてからは、おれはゲーセンに入り浸る生活をしてたわけよ。
遊びって言ったらゲーセンで、よく漫画で他校と喧嘩する、みたいなのがあるけど、東京のおれが行ってた地域は別で、他の学校のやつも小学校同じで仲良かったやつとかいて、家もそんな遠くなかったりして、一緒に遊んでたのね。
バーチャとか、手塚さんて先輩に麻雀教えてもらったのもその頃だったな。
で、タバコ吸ってゲーセンで遊んでるだけで、他は別に悪いことしてない、可愛い子達だったんだけど、
一人明らかに目立つやつがいたわけよ。
そいつは健太ってやつで、中2の始めぐらいからすでに、ZERO神って暴走族の人と付き合いがあったんだね。
ZERO神はかなり大きい族で、健太が出入りしてた荏原ZERO神のほかに、大井零神、ZERO忍、とかグループがあったわけ。
で、そいつはいろんなとこで喧嘩したり、相当やんちゃだったんだけど、ZEROの上の人から「金集めろ」とかも言われてて、その実行犯が健太だったのね。
最初に言ったように、他校とは仲良くしてたから、健太は自分の学校で金持ちそうなやつ全員からカツアゲして金を集めてた、
あいつもマメなやつで、カツアゲリストみたいの作って、「こいつは後1万」とかチェックしてたりして。
で、ある日それを親にチクったやつがいたらしくて、PTAで問題になったそうなのね。
被害金額が何十万単位だったから、これは事件だってことで、PTAのお偉方何人かが、健太のことを警察にチクったわけよ。
で、健太がトイレでカツアゲしてる時に、おれもトイレにいたとか親にチクったやつがいたらしくて、おれと幸太(小学校の時、一緒にステージで漫才やったやつ)と、ユッケ(ギターを最初に教えてもらったやつ)の3人で、警察に事情聴取とかいって、3・4回警察署に行ったのね。
当然それが、PTAからおれんちにも連絡があったらしくて、親がそのことでスゲー切れたの。
「お前も一緒にカツアゲしてたのか!」「健太はしてたけどおれはしてねーよ」とか言って。
で、親が当分怒ってる間、さらに追い討ちをかけることがあって
小学校の時から仲良くしてた、ジャンアンツのN選手の愛人の子の、N君てやつがいたんだけど、そいつも連れて矢野とジャムってやつとボーリング行ったとき、N君がおれの親に「マニ君ボーリング行った時タバコ吸ってました」とか言って。
あと、そのN君さらにウザイことしてくれて、あいつがどっかから買ってきて、いらなくなったAVをおれんちのポストに投函しやがって、またそこで親に、「あんたなんでポストにこんなもん入ってんの!」「しらねえっつの!」とかいって、親父はそんとき何も言わなかったけどww
で、そいつは、家族ぐるみの付き合いだったから、そいつの顔も立てるとこもあってN君がポストに入れたとかは言わなかったんだけど、
度重なることで親は自分の手に負えないと思ったのか、ここでやっと、一生懸命学校行きが決定したわけですな。
目の前にヘビがいて、死んだフリを続けてた。
逃げられなくて、尻尾を切った。
襲われるごとに尻尾を切ってきた。
切りすぎてだんだん、体も小さくなったみたいだ。
今では手も足も自分から切っちゃって、
自分で動けなくなった。
こうなっちゃったのはしょうがない。
だからトカゲは、ヘビになりましたとさ。
黒魔術師マニ
馬との出会いは3回ありました。
1つは、3歳のとき乗馬したこと。
2つは、小学校の先生が入ってた暴走族(バイク好きなおじさん達の集まり)の、ケンタウロスってグループ。
3つは、Sparklehorse
乗馬は、オーストラリアでもやったけど、馬ってのは頼もしいんだよね。プライド高くて、足速くて、こいつとならなんでもできんじゃねぇか、って気持ちになりましたね。昔、戦争で騎馬隊とかあったけど、馬に乗る理由が分かった気がしたよ。
ケンタウロスは、昨日急に思い出して、インターネットで検索したら、結構有名なグループらしく、HPがあった。しかも横浜が拠点らしい。しかも、小学校の頃の先生の、奥さんの携帯番号まで分かったw
今度会いにいこうかなw この先生は、忘れらんないし、むこうも覚えてるだろ、たぶんw
Sparklehorseは、まぁいいか。なんかこのブログで紹介してたけど、別に他のやつの意見なんか聞きたくねぇし。まぁ結局あれだよ、他のやつの考えなんかどうでもいいんだよ。
黒魔術師マニ
最近ワイドショー見てると、普通に人が死んでるな。
猟奇殺人とかも、別に大して特別でも無いしな。
でも、テレビの中で初めて存在を知った人に対して、死んだということを聞いても、
テレビの前で泣くわけでもない。
みんな人の死に興味があるだけなんだよな。
バラバラで殺されてたって話を聞いて、自分はああいう死に方をしたくないと思って、
自分はまだ生きてるって優越感を覚えるだけだ。
人の死も、ただの退屈しのぎだな。
一番惨いと思うのは、バラバラ殺人も惨いけど、やっぱり意味のない死体だな。
別に利益や目的とか、恨みがあるわけでも無く、ただ殺しましたってやつ。
それを考えると、地震で死んだ人達は幸せかもな。
自分ではどうしようも無いものに殺されたんだから。
遺族も、「まだ若いのに・・」とは言うけど、「地球が憎い」とは言わないもんな。
肝心なのは、どう死ぬか、ってことだ。
この前クモを殺したんだけど。
あれも、自分の体の何百倍もあるやつに殺されたわけだな。
そりゃ自分じゃどうしようもねぇよ。
でも俺もこのクモを、何の利益もなく殺したわけだ。
でも、もしこのクモが、最近話題の外国産の毒蜘蛛だったりしたら、
ちょっと噛まれただけで俺のほうが死んでたかも知れねぇんだな。
持ちつ持たれつだな。
黒魔術師マニ