天梁
古代の星相家は「南斗註生、北斗註死」、天梁は南斗の寿命を司る星で、貪狼は北斗の災厄死亡を司る星であると伝授された。したがって命宮か疾厄宮に天梁を見れば、逢凶化吉の象徴である。そして貪狼が煞忌刑耗の会合に逢い、さらに流忌流煞の沖起に遇えば、死亡や災難の兆しになる(特に廉貞化忌・武曲化忌を嫌う)。
しかし天梁が消災解厄できるというのは、別の側面から言えば、必ず災厄の発生があり、その後に解消の力を発揮するということである。だから天梁坐命の人というのは、一生の災難は必ず重く、幼少期にも必ず災厄や重病に見舞われるが、最終的に逢凶化吉ができ、危が不危になるに過ぎない。
天梁は巳・午・未三宮に臨むのを好まない。所会する太陽が亥・子・丑三宮で落陷し、天梁孤剋刑忌の性質を解消する力が足りないからである。
巳にある天梁は、煞忌刑曜を見なくても、すでに人生が多災多難・多病、あるいは危険性を伴う仕事に従事することを表している。もし煞忌刑曜を見れば、さらに九死に一生を得る意味になるが、決まって大難を逃れることができる。この種の命例はたびたび見られ、確率が非常に高い。かつて刑場へ縛られて連れて行かれながら、土壇場で救われた者がいた。
午・未両垣にある天梁は、いずれも人から排斥されやすいことを表す。特に天梁と祿存が同度するか、天梁と化祿が会合する場合、どちらもトラブルや怨みを招きやすい。もし煞曜と同度すれば、口論やトラブルはさらに重く、打撃を受けやすいが、やはり最終的には化解できる。
しかし、午・未二宮の天梁は孤独な傾向にあり、人のめぐり合わせが少ないだけでなく、頼れる肉親もなく、人生にかなり苦労が伴う。
午宮にある天梁と文曲の同度は、かえって大貴のしるしになる。
もし天梁と陰煞が同度して、さらに天機と煞曜が会合すれば、その人は「陰眼」を持ち、妖怪や化け物を見ることができ、鈴星も同度する者は、その性質は特に深刻で、これが原因で神経衰弱に発展することもある。ただし吉化や吉曜が会照すれば、昔の人は陰物を避けられると考えた。
しかし空耗煞曜も同度する場合は、宗教や神秘に傾くことが多く、古代においては僧道の流れになった。
昔の人は「機梁會合善談兵」と説いているが、≪紫微斗數全書≫中の「諸星問答」では、「逢天機耗曜、僧道清閑」とも述べている。両者の区別は「耗曜」にある。
「耗曜」とは、一般的には破軍を指すが、天梁は三方四正で破軍と相会する道理がないため、大耗を指すという人もいる。だが大耗は斗數において雑曜に過ぎず、これが引き起こす作用はそれほど大きくない。
この問題では、昔の人があの手この手を使って惑わそうとしたと考えられ、実際の状況は・・・辰戌二宮の天機天梁同度は、その人は趣味が広く、とりわけ才能をひけらかすことを好むが、中身が浅薄で現実味がなく、口では言うが実行に移せないことを表す。古代の文人は、兵法を巧みに論じられるのが文武両道の資質としたもので、つまりこの類であった。
天梁は壽星であるため、天梁と天壽が同宮する場合、人間関係の年齢差を象徴するケースが多い。
例えば、夫妻宮に天梁と天壽の同度を見れば、女命は夫が12歳以上年長であることを表す(そうでなければ逆に、自分が夫より1~3歳年長)。男命は年少の妻を迎えることを表し、年齢差は8年以上になることが多い(そうでなければ逆に、妻より1~2歳年少)。
子女宮での天梁と天壽の同度は、晩年に子を得るか、娘と息子の年齢差がかなり大きいことを表す。兄弟宮では、自分が長男か長女で兄弟姉妹と年齢差がある、あるいは継母や父の妾から生まれた兄弟姉妹がいることを表す。
以上の証明は非常に正確で、命盤を確定する際に用いることができる。
天梁が命宮に坐せば、一般的に長寿を表す。あるいは命宮の対宮(遷移宮)に天梁が運行する者も同様である。
しかし煞忌刑耗諸曜と天梁が同行する場合、いわゆる長壽は健康ではなく、病気を抱えたまま長生きしたり、薬を服用して延命したりする可能性がある(昔の人が阿片を吸って喀血の治療をしたのは、服薬による延命の一例である)。
このため、天梁は吸毒・服薬の星曜でもあり、特に所会する太陽が落陷で、火鈴が同度する場合、性質の良くないいくつかの雑曜が加われば、吸毒の傾向があることを表す(長期にわたる睡眠薬の服用も吸毒・服毒と同様である)。
古代中国では、名士が毒薬を服用する習慣があり、魏晋名士の五石散服用、唐宋名士の丹汞服用、清代名士の阿片吸引に至るまで、いずれもこの類に属する。したがって天梁坐命の人は、名士の風格を備えていることも多い。天梁天同が対拱する者は、煞曜空劫が会すれば、多くはこのようである。
天梁一曜は名士の風範を帯びているため、輔弼・昌曲・魁鉞を見るのを好む。昔の人は「天梁文昌居廟旺、位至台綱」;「天梁左右昌曲嘉會、出將入相」;「天梁居午文曲同、台省之位」と言った。宋代以降、名士を重んじ門弟を重んじなかったので、天梁遇吉は清貴を表して来た。現代では専門家として、監査・管理・計画の職に就くことが多い。
もし天梁が煞忌刑耗諸曜を見れば、名士気質が浪蕩不羈(束縛されず当てもなくさまよう)に変わる。昔の人は「梁同對居巳亥、男浪蕩、女多淫」(古代女性の浪蕩は娼妓になりやすかったため「多淫」と推された);「天梁天馬陷、為人飄蕩風流」;「梁酉月巳、卻作飄逢之客」と言った。最も劣悪な星系構造は、天梁が巳宮にあり、火星・陀羅が同宮するもので、一生に災厄が多いだけでなく、肉親に孤剋があり、人生も漂流して頼るところがない。
天梁は伝播の星でもあり、その伝播性質は、天梁が「文曜」の色彩を伴うことに由来するため、昌曲・天才と同度し、事業宮に巨門の運行か対拱があれば、必ず伝播事業に傾く。
しかし天梁と桃花諸曜が同度すれば、実演・芸術に傾き、さらに煞曜を見れば、色事によって災いを招くことを表す。天梁坐命は夫妻宮に必ず巨門を見るため、結婚には注意しなければならない。
子位の天梁は、桃花諸曜が多ければ、特に刺激を求めたがり、感情の悩みを楽しみにしてしまう。この場合、もし昌曲が会合すれば、昌曲も桃花に変わり、地位が崇高であることを意味しない。人生も揺れ動きが多く安定しない。
このように天梁一曜は、庇蔭の意味を持ち、寿星でもあるが、決して全部が吉ではなく、推断時にはその福徳宮と、所会する太陽の廟旺落陷に注意しなければならない。天梁坐命者は、福徳宮が必ず太陰と関係があるため、天梁を見るには必ず日月を併せて見る必要がある。