文曲化科(辛干化科)
文昌文曲は、昔は科名の星と見なされていたため、どちらも化科が相応しかった。古代において、文曲は文昌に及ばないとされていたのは、文曲が「異途出身」のフィーリングを帯びていたからである。ただし文曲化科と恩光・天貴の同会は、清代の術家は「恩科」が地方の推薦を導き、科甲に登ることを表すと考えていた。
現代では、文曲化科は工学・科学の研究と見なすことができる。斗数の中には有名な「陽梁昌祿」格があるが、実は「陽梁曲祿」も格を成すことができ、前者は文・医などの科を表し、後者は理・工などの科を表すだけである。
文曲はまた話し方の技術を象徴する星曜だが、こうした性質上、巨門化祿者が話術によって財を生むのに有利であるのと同様に、文曲化科も言葉遣いが巧みで、しかも言葉によって人から信用されやすいことを表す。
文曲はまた術数を象徴するため、文曲化科の場合、太陰・天機と同会しても、術数において有名になることがある。
文曲化科の兆候は、同度する正曜の性質を詳しく調べて判断する必要がある。
例えば、「紫微七殺」は必ずしも文曲化科の同度を好むとは限らず、この組み合わせは基本的に権力を表す星で、文曲化科はその指導力と決断力を増加させることはできない。
武曲も文曲化科との同度を必ずしも好むわけではない。二曲同宮は、気質が異なり、一方が化科になると、かえって矛盾が増加してしまう。
しかし天機・天梁は文曲化科の同度を好む。どちらも名誉にとって助けになる。ただ、口で言っても実行できるとは限らず、それが重要な欠点である。
巨門化祿と文曲化科の同会は、言語の力が増す。ただし無煞の者なら思慮深くなるが、有煞の者は口が達者になるだけで、一時的に人から信用されるだけである。
その他については、これらの例から推断できる。したがって文曲が化科になるかならないかは、星曜の組み合わせの上で、しばしば性質を変える枢軸となる。
文曲化科は文昌化忌と同度、あるいは三方で相会、あるいは互いに相対・相夾しやすいが、推断時はこれらの状況に対して注意しなければならない。それぞれが特殊な性質を示すからである。
大まかに言えば、文昌は思考を表し、文曲は行動を表す。ある人は思考においては聡明だが、行動においては非常に不器用なのは、この星系の影響を受けている。
こうした状況は、命宮以外に、福徳宮に対しても重大な反応を示す。
例えば六親宮垣がこうした状況にぶつかれば、そこに微妙な関係が存在することを意味する。特に夫妻宮に文昌化忌を見て、命宮に文曲化科を見るのを好まない。昔の人はこれを、妻を娶らず妾を持つ兆候と考えた。しかしこうした状況は、現代ではすでに当たり前の現象になっている。ただし女命がこれに該当したら、感情の挫折に注意する必要がある。
もし年限において、文曲化科が化忌に変化して、また文昌化忌が沖起すれば、喪に服す反応になることが多い。