文昌化科(丙干化科)

 

文昌は輔佐諸曜に属し、斗數において、四化曜になれるのは、正曜を除き、文昌文曲だけが科星または忌星に変化することができる。一部の流派は、左輔右弼も化科になれるとするが、「中州學派」にこの説はない。

昌曲は文章の象徴であるため、化科の道理にかなっている。もし輔弼が化科になるとしたら、功名を象徴する天魁・天鉞はなぜ化科にならないのだろうか? したがって「中州學派」は、輔弼不化科の説を強く主張している。その他の派系には、それぞれの解釈があるので、読者は参考にして、実際の検証をもって決定すればよい。

古代は科挙によって功名を得ることが重視され、異途出身者はもちろん、兩榜(鄕試と会試の両方に合格すること)出身者であっても、三考(官吏が三回の考課によって昇進・降格・賞罰を決定する制度)出身の翰林(宮廷に仕える官職)に比べて一等低かった。そのため命宮か夫妻宮に文昌化科を見るのを最も好み、昌曲化科が逢う流年守命も、功名の吉兆と見なした。

現代ではこうした重要な意味はほとんど失われ、文昌化科は学業や勉学に有利なだけの星曜で、「陽梁昌祿」格の文昌化科が最も好まれる。

 

科挙の意味から、文昌は書と礼楽の星曜に引き伸ばすことができるため、以下のような象意が生じる。

文昌は文書契約の象徴で、文昌化科になる場合、しばしば文書契約によって名誉を得ることを意味する。例えば作品を発表し、契約を締結して評価を得たり、重要な書面の意見を発表して、取締役会から称賛を得たりするといったものである。

現代の商業界は契約の締結を重視するため、文昌化科は、契約の締結が順調に進むことも意味する。もし財星や祿存と相会するか、化祿の流曜沖動を受ければ、文書契約によって財が入ることを表す。給与所得者なら飛び級の昇進を表すこともある。

文昌化科は、奏書との同会を好み、文書の喜びとなり、こうした文書は、昇進を知らせる公文書だったり、訴訟に関する文書だったり、作品発表の通知だったり、さらには長いこと待ち望んでいた手紙だったりする。こうした時は、化科の意味は名誉に限らず、また内心の喜びを表すだけではない。

 

文昌はもともと礼楽を司るが、この意味を引き伸ばせば、婚礼と葬礼二礼の確かな裏付けと見ることができる。したがって六親の宮垣で文昌化科になり、煞忌刑曜が会集すれば、その流年か小限の期間内に、肉親の葬儀があることを表す。だから文昌化科は喜慶を代表するとは限らず、全局の星曜の組み合わせを調べて決める必要がある。しかし斗數が発展した時代は、封建的な宗法社会であったため、父母の葬儀については、普通は長子裔孫の命盤を基準に判断した;夫妻宮では正妻だけを調べた;子女宮では長子だけを調べた。

しかし夫妻宮に文昌化科を見て、また桃花諸曜を見れば、往々にして側室を迎えることを表した。現代の法律では側室の地位は認められていないが、それはあくまで名目に過ぎず、斗數が推算するのは現実の状況である。

疾厄宮における文昌化科は、この星だけで疾病を表すことはないが、一つだけ特別な意味があり、火鈴が同会する場合、病気が原因で瘢痕や斑点が残ることを表す。