七殺

 

七殺は「紫微斗數」では悪曜に類別されるため、七殺坐命の人は、格局がどんなに良好で、かつ輔佐吉曜を見たとしても、一生のうちに必ずある程度の時期の凶危を経験する。昔の人が言った「二宮逢之、定歷艱辛」である。いわゆる「二宮」とは、身命二宮を指す。

したがって七殺守命は、各大限の好壊を詳しく判断しなければならない。好運が来るのが早ければ早いほど、中晩年運の挫折に備える必要がある。この種の命局は、若くして願望を叶えるため、ひとたび挫折を経験すると、終生に影響を及ぼす可能性がある。もし挫折の運が二十代から三十代にかけての時期であれば、それはむしろ良く、十年の鍛錬を経て、かえって大成することが多い。

卯酉宮に七殺が坐すのは最も良くない。秘経に言う「七殺居陷地、沉吟福不生(ブツブツ言って福が生じない)」で、また卯酉宮が最も緊迫している。そもそも卯酉宮は「武曲七殺」坐命で、凶災に見舞われやすい性質を持つ。しかも生涯にわたって才能が埋もれやすく、故郷を離れるほうが良い。

 

七殺は卯酉二宮に最も適さず、すなわち「武曲七殺」同度である。「中州學派」では「殺陷震兌」と呼ぶ。

≪紫微斗數全書≫には「七殺居陷地、沉吟福不生」という説がある一方で、七殺には陷宮がないとも説いていて、両者は矛盾している。実際は卯酉二宮こそが陷地で、卯居は震方、酉居は兌方であるため、「殺陷震兌」と呼ぶ。

「武曲七殺」が煞忌刑耗諸曜と同度すれば、災禍の性質を持ち、さらに流煞流忌に沖起されると、この年に不測の事態が発生することを表す。時には自己破滅性質の構造を帯びることもある。

格局の観点から言えば、「殺陷震兌」は工芸や手芸によって生計を立てるのに向く。七殺は本来かなり強力な管理能力を持っているが、陷地に落ちると、管理能力は大きく弱まり、個人の才芸によって発展することだけに向く。

こうした状況下において「火貪」「鈴貪」を見ても、しばしば一気に挫折して、発展と衰退は突然に訪れる。

 

七殺は紫微を最も好むため、「紫微七殺」同度は化殺為權と呼ばれ、「紫微天府」との対拱も権威を表し、「七殺朝斗」と言う。

しかしながら、すでに権威に変化しており、さらに文昌・文曲;龍池・鳳閣といった諸曜を見るのを好まず、文武気質が均衡せず、かえってものにならない。

また紫微化權も好まず、権力の星が重過ぎて、孤剋を見ることになり、しかも人間関係が悪化しやすい。

この時さらに火星・鈴星を見るのを好まず、権威はいっそう重くなるが、肉親とは性質が異なって相容れず、自分が離散して、一生を艱難辛苦や危険を経験しながら事業を成すものの、力を貸してくれる者はなく、事業があっても必ず苦労が伴う。晩年にはむしろ消極的になりやすい。

権威へと変化した七殺は、祿(祿存・化祿)を最も好み、さらに輔弼・魁鉞の加会があり、所会するのが貪狼化祿なら最良である。あるいは「火貪」「鈴貪」であれば、艱難辛苦を経験して大器になることを表す。

 

昔の人は七殺坐命について、寅申子午四宮垣を高格と論じ、寅宮では「七殺仰斗」、申宮では「七殺朝斗」とした。

子午宮では「雄宿乾元格」となり、この時、廉貞は福祿宮にあり、廉貞陰火が七殺陰金を鍛錬し、艱難辛苦を経て発展することを意味する。

「中州學派」の伝承によるといくらか異なり、午宮は良く、子宮水垣はやや破格となるが、反対に未宮の「廉貞七殺」同度も、「雄宿乾元格」を形成する。

したがって七殺坐命者は、寅・申・午・未四宮垣が高格になりやすい。

ただし以上の格局は、七殺が祿を見る必要があり、また煞刑耗曜と同度したり、忌星が加会したりしてはならない。そうでなければ破格となる。さらに「四長生」の「絶地」(必ず寅申宮)に臨むのを嫌い、これもまた破格となる。

七殺は入墓はできても絶に臨んではならず、絶は生気がないからである。

 

七殺は寅・申・午・未宮垣にあると高格になるが、これらの格局には共通の特徴があり、貴を象徴して富を象徴しない。つまり、その人は社会的地位を重視し、財産と収入は、その社会的地位の高低によって決まるということである。古代人は功名を重視し、現代人は学歴を重視するため、苦労して名声を求めてこそ、富貴を得られるのであって、もし自暴自棄になれば、社会的地位は高くならず、その裕福の程度も大きく損なわれる。

したがって上述の格局は、「福徳宮」に文昌・文曲・天才・鳳閣諸曜を見るのが良い。特に「雄宿乾元格」の場合、「福徳宮」が廉貞独坐で、科文諸曜を見れば人生のでこぼこが減少する。七殺坐命は、命宮では文曜を好まず、福徳宮では文曜を好む。これが推断時の重要なポイントである。

七殺が巳亥二宮にあり、紫微が同度して、権力に変化する星曜組み合わせの場合も、福徳宮に科文諸曜を見るのが望ましく、なぜならやはり利より名が大きいからである。

 

先人は斗数の星曜を論じて、天梁を「風憲」の曜とし、七殺についても「主於風憲(風憲に象徴され)、其威作金之靈、其性若清涼之狀」と述べた。実際には天梁と七殺の「風憲」には、異なる本質がある。

天梁が象徴する「風憲」は、監察で、廉政公署や古代の御史台のようなものである;七殺が象徴する「風憲」は、古代の巡街御史や、今日の治安規律部隊のようなものである。二者の重要な違いは、前者は現地に赴かず、舞台裏に居るのに対し、後者は現地に身を置き、対面で任務を遂行する。

したがって組織の中で天梁は、決まって計画管理の任務を担当し、そして七殺は直接に管理業務に参加する。例えば財政経済機関では、天梁は財務計画や市場調査の担当者になり、七殺は直接に財経業務に参加して、特に一群の業務人員を管理する。

 

昔の人は女性の七殺を最も嫌った。歌訣には「女命愁逢七殺星、平生作事果聰明、氣高志大無男女、不免刑夫歷苦辛」・「七殺孤星貪宿逢、火陀湊合非為貴、女人得此性不良、只好偏房為使婢」・「七殺寅申女命逢、惡煞加之淫巧容、更逢吉化終不美、婢妾侍奉主人翁」などとある。聡明で気骨があり志が大きいのは、古代の婦女にはふさわしくなかったので、吉化吉曜を見ても美しくないとした。現代社会は当然に異なる。

現在、女命を論断するには、煞曜が同宮加会するか、あるいは化忌が会照するかを見るだけでよい。もしあれば、人生は孤独な傾向にあり、ただ全力で自分のビジネスを発展させるのに向く。もしなければ、人生は依然として幸福で、肉親との人間関係だけに注意すればよい。吉化吉曜を見れば、さらにリーダーシップと管理能力があることを表す。

ただし七殺が命宮か福徳宮にあり、桃花諸曜と火星・陀羅を見る場合、感情がひたむきにならず、女命には多くの曲折が生じる。