天中殺は空亡のこと

 

では、空亡とはいったい何者であるか。「(くう)(ぼう)」は中国の命術に登場する凶神・凶星のひとつで、そのパワーときたら微々たるものです。

 

中国では山、醫、卜、相、命の5種の術をまとめて「五術」と呼んでいます。五術は中華民族数千年におよぶ歴史文化の遺産で、古代の聖人と賢人が知恵を絞って精力を注いだ結晶といわれています。五術の理論は、陰陽五行説と結びついた干支や、人間も自然の一部であるという発想から生まれ、それが記号類型化されて統計学となり、人生の「吉凶禍福」にもかかわっていると考えられるようになりました。日本には、1965年ごろ、台湾の医師で学者であった(チャン)明澄(ミンチョン)によって伝えられたとされています。

 

(さん)・・人里離れた山谷に隠れて大自然の気をもらい、体を鍛えて心を浄化し悟りを開きます。習練中に呼吸法、気功、拳術、剣術などを取り入れる、今でいう座禅瞑想のようなものです。僧侶(仏教)、道士(道教)、俗世界を捨てた者が含まれます。

 

()・・身体のあらゆる種類の病気を治療する医術、医薬、医療に通じている人です。古代は漢方、針灸、方剤、整体などを指しました。霊感や念力を用いて治療する霊治も含まれます。医食同源の考え方はここから出ています。

 

(ぼく)・・起源は八卦で、偶然にあらわれた卦の象意によって、一事件や一個人の吉凶を占うものです。俗称は「占卜法」ですが、「易」「六任神課」「奇門遁甲」「太乙神数」に分けられます。米粒占いやタロット占いが広く知られています。

 

(そう)・・人、事、地、物を観察して運勢の吉凶を推断する観相術で、判断者の五官感覚によって状態を読み取ります。手相、面相、宅相(陽宅)、墓相(陰宅)、名相(姓名判断)、印相(開運印鑑)などがあり、陽宅と陰宅が「風水」です。

 

(めい)・・「命理」とも呼ばれます。個人の生年月日時から一生の命運を推断し、さらにどうしたら吉に向かい凶を避けられるか、その方法を探求する学問です。「七政四餘(果老星宗)」「子平八字(四柱推命)」「紫微斗数」などがあります。

 

空亡という文字が、命術の「七政四餘(しちせいしよ)」から用いられるようになったことは確認されています。古代の占術に関する文献を集成した清代後期(1800年代)の事典『(せい)平会(へいかい)(かい)全書(ぜんしょ)』を見ればわかります。全書巻首の「神煞(しんさつ)論」に空亡が登場します。

 

 

甲子の下に空亡戌亥の文字

 

「七政四餘」は、紀元前500年ごろに確立したのではないかと推測されています。実在する木星、火星、土星、金星、水星、太陽、太陰(月)を七政とし、このうち木星、火星、土星、水星の余気を四餘として合称したもので、ほかにも多くの実在しない虚星を加え、生年月日時をもとに人の命運の吉凶禍福を論じる学問です。現存する古書の内容から、「七政四餘」の後に誕生したと考えられる「紫微斗数(しびとすう)」や「()(へい)(はち)()」にも、空亡は登場します。

 

空亡と天中殺の関係性は、「子平八字」に着目すれば簡単に理解できます。(シュイ)子平(ツーピン)という人物が基礎を築いたとされることからこの名称で呼ばれ、中国語圏では「先天八字」ともいいます。日本ではなぜか「四柱推命」になります。

 

まず、生年月日時を太陰太陽暦に変換します。太陰太陽暦については後に詳しく説明します。このとき数字だった生年月日時は、(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)の十干と、()(うし)(とら)()(たつ)()(うま)(ひつじ)(さる)(とり)(いぬ)()の十二支を組み合わせた干支に置き換わります。たとえば、この原稿を書いている2022年3月15日午前10時は、壬寅年癸卯月丁卯日乙巳時になります。次にこれを四柱に排列します。

 

年柱  壬 寅

月柱  癸 卯

日柱  丁 卯

時柱  乙 巳

 

このように十干と十二支を組み合わせると、10と12の最小公倍数で60の干支ができあがります。これが六十干支です。甲子、乙丑、丙寅、丁卯……壬戌、癸亥まで60組。「庚申(こうしん)塚」とか「辛亥(しんがい)革命」とか、聞いたことありますよね。10と12を組み合わせるのですから、作業の途中でそれぞれ2が余ります。そのうち日柱の干支の組み合わせで余った十二支を、子平八字では(くう)(ぼう)と呼んでいます。日柱が丁卯の場合、下表から戌亥が空亡になります。丁丑なら申酉空亡、丁未なら寅卯空亡です。

 

 

巳 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは算命学はどうでしょう。朱学院ホームページの無料宿命算出サービスを利用させてもらいました。こちらは出生時間の入力は必要ありません。算命学は生時が要らないということを、よく覚えておいてください。2022年3月15日は次のようになります。

 

陰占宿命

壬 寅

癸 卯

丁 卯

戌亥天中殺

 

おおっ(@_@)、天中殺さまのお出ましです! 陰占というのは、太陰太陽暦で占ったという意味でしょうか?

 

天中殺がどのような仕組みで算出されるかについて、同じくホームページの「算命学の基礎」から「算命学の思想」へと進むと、説明がありました。

 

天中殺~宇宙のリズムの落とし穴~

宇宙のリズムである六十花甲子は毎日、毎月、毎年に巡ってきます。このいずれかの日に人は産まれてきます。生年月日(※時はない/筆者注)の宇宙のリズムがその人のリズムになるのです。

ちなみに、六十歳を祝う還暦というのも、六十花甲子がもともとの始まり。暦が一回りして還るから還暦です。節分や七五三などの行事も、算命学の考え方から発祥したのです。

皆さんがご存じの「天中殺」というのも、算命学の専門用語の一つです。なんだか不気味で不安を誘う言葉ですが、天中殺というのは「宇宙のひづみ(※ひずみの誤記?/筆者注)」の事です。

十干と十二支では、二という数字が半端になってしまいます。十干と十二支の組み合わせで生まれる二という数字のズレは、いわば宇宙の不整脈です。この不整脈が天中殺と呼ばれるのです。(朱学院ホームページより)

 

この説明を読む限り、空亡と天中殺の中身はまったく同じです。10個と12個を組み合わせる際に生じる2個ずつ5通りの不足が、空亡であり天中殺であり、その構造はいたって単純です。理論とか科学とかいうレベルではなく、12−10=2、小学1年生の算数です。単純であるがゆえに、子平八字ではごく一部の門派を除いて、ほとんど重視しません。完全に無視する学者さえいます。ところが算命学は、天中殺を「宇宙のひづみ」「宇宙の不整脈」とまで言っています。

 

それなら子平八字と算命学の、どちらが先に誕生したか調べる必要があります。子平八字が先であれば、人の命運を推断するうえで重視されない空亡が、どこかのタイミングで壮大な天中殺に入れ替わったことになります。逆に算命学が先であれば、心臓病に進行してしまう恐れがある不整脈の天中殺が、子平研究家らによって空亡と名を変え、軽視されるに至ったことになります。

 

子平八字は、現存する文献から遅くとも1100年代までに成立していたことがわかっています。中国元末明初の文学者だった(リウ)(ポー)(ウエン)(1311~75年)が書き著した『滴天(てきてん)(ずい)』は、今日も子平研究家たちのバイブルとして重用されています。

 

一方で、算命学については文献が見つかりません。天中殺のために何とか探し出してやろうと決意し、東京十条にある占術関係の書籍を専門に取り扱う老舗、鴨書店へ行ってみました。算命学に関する中国台湾の資料を探しにきたことを告げると、店主は、「私たちも長いことそういう本を探しているんですけどね、まだ出てこないんですよ」と教えてくれました。

 

仕方ないので家に帰ってグーグル検索です。天中殺のためなら努力を惜しまない私です。「算命学」と入力して、トップページから10ページ目までの検索結果をまとめたところ、日本語サイトが71あったのに対し、中国語サイトはゼロでした。広告サイト、書籍通販サイト、ウィキペディアは数に入れていません。次に「算命術」で検索しましたが、日本語サイト56、中国語サイトはやはりゼロでした。このことから、算命学というのは日本国内だけに存在するもので、中国語圏には存在しないことがはっきりしました。

 

朱学院では、算命学の創始者を()谷子(こくし)としています。鬼谷子は今から2300年以前にいたとされる伝説の人物で、「子」は孔子や孟子と同じ、古代の学者につけた尊称ですから、鬼谷先生ということになります。実は『真本鬼谷算命術』という本が存在することは、私も知っています。古本なら数百円で手に入ります。書籍と呼ぶにはペラッペラで、台湾竹林書局発行のものは108ページしかありません。内容もお粗末で、算命学の教科書になるとはとうてい思えません。もちろん天中殺の文字も見当たりません。1923年に上海国粹保存会が再版した『真本鬼谷算命術』のあとがきに、庚熙十八(1679)年三月上旬の日付があることから、この本は江戸時代に中国で作られた雑書ではないかと想像できます。