文曲星(もんきょくせい)・・・北斗第四星、主科甲・名声、五行属癸水

 

文曲は科名の曜であるが、文昌とは異なる。文昌は正途出身の象徴で、文曲は異路功名の象徴である。

 

現代風に言えば、文昌は文学芸術をあらわし、文曲は数理をあらわす。現代人が数理で公職への道をたどるのは、本来は「異路」ではないが、「紫微斗數」は何といっても古代の術数なので、私たちは各星曜の検証を加えて推し広めるしかない。だから文曲があらわす数理・技術・工芸を異路功名と見なさざるを得ない。

 

このことから命宮文曲化科が文昌化忌と会合するとき、その人はただ科学技術を研究するのに適し、文学芸術に対して興味があっても、精通することはできない。

 

文昌は文字・文章を代表し、文曲は口才を代表し、これも二者の異なるところである。

 

文曲は術数でもあるので、昔の人は「文曲太陰、九流術士」と言った。

 

文曲は忌星に変化するのが最も悪く、多くの状況下で、文昌化忌に比べてさらに悪い。

 

たとえば卯に「紫微貪狼」があって、文昌化忌と同行すれば、ギャンブルで家庭を壊す格局となる。朝の体操に非常に心得がある人が、どの競馬でも必ず大負けをするのは、この命格だからである。もし文曲に化忌が付かなければ、それは決して起こらない。

 

丑未宮垣の「武曲貪狼」と文曲化忌が同行するとき、昔の人が「防溺水之憂」と言ったのは、荒れ果てて挫折する性質の運限とみなしたからである。

 

文曲化忌を、昔の人は「暗曜」と呼んだ。この意味は、明代末年にはすでに曖昧になり、術者は巨門を指して「暗曜」としたので、「破軍暗曜共郷水中作塚」の「暗曜」を誤って巨門としたが、実際は文曲化忌を指して言うのである。殺破狼と文曲化忌が同行するのはどれも悪く、たとえば七殺と文曲化忌を、昔の人は偽物と呼んだ。