20年ぶり、その日、私は薬を飲まないで、いつもより早く家を後にしました。
駅まで歩いて15分。
家を出た直後は、是が非でも成功させると固い決意で歩いていたものの、だんだんと駅が近づくにつれ、じわりじわりと不安が大きくなってきて、揺らいできました。
心の中で、薬克服派と薬依存派が激しく戦っています。
そして、改札を通る頃には、薬克服派は全く存在がなくなるくらい意気消沈してしまいました。
それでも、引き返す訳にもいかず、私は改札からホームに向かい電車を待ちました。
いつもは急行に乗りますが、その日は各駅停車を待ちました。
しばらくして、電車到着のアナウンスが流れました。
その途端に、心臓の鼓動が激しく鳴り始めました。
一瞬息が止まって、続いて胸が締め付けられる感覚。
身体中のすべてが速度を上げ始めました。
呼吸も、脈拍も、血の流れも、すべてが。
居ても立っても居られない。
あの発作の予兆が襲って来ました。
身体中の異変に必死に耐えていると、ホームの後方から電車が滑るように入ってきました。
各駅停車なので、どの車両も立っている人はまばらです。
ブレーキ音を残して電車が止まりました。
私の目の前には扉が、私は扉のど真ん前に立っていました。
扉の向こうにはこの駅で降りる乗客が数名立って私を見ています。
私は扉のガラス越しに睨めっこする感じになってしまいました。
とっさに私は扉の左右に移動しようと思いましたが、身体が硬直して一歩も動けません。
一番先頭に立っているので、降りる乗客の邪魔になります。
かと言って、私は電車の中に足を踏み入れることもできません。
車内の乗客が私を避けて電車を降りていきます。
そして、私の後ろに並んでいた人が怪訝な顔をして電車の中に吸い込まれていきます。
私の心は乗ろうか見送ろうか逡巡している一方で、身体は全く動く気配がないくらいホームの先頭で立ち尽くしていました。
「どうしよう。」
もうすぐ扉が閉まってしまう。
勇気を出して乗るのか。
あきらめて乗らないのか。
心臓が激しく打ちます。
息遣いが荒く、肩で息をする。
そして足は震えていました。
電車の中の多くの人が私をじっと見ています。
私は開いた扉をただ睨むしかありませんでした。
電車の扉が閉まりました。
発車の合図とともに、電車はゆっくり動き始めました。
その途端、急激に身体の異変は収束していきました。
乗る予定の各駅停車には乗れませでした。
一歩も電車に足を踏み入れることができませんでした。
残ったのは、脱力感と激しい疲労だけです。
私はホームのベンチを探し、そこにたどり着くと、深く座りしばらく動くことができませんでした。
そのすぐの後の電車は急行でした。
急行は人が多く、何より次の停車駅までずっと止まりませんので怖くて乗れません。
さらにその後の各駅停車は最初の電車より人が増えていて乗り込む気力はもうありませんでした。
このままでは遅刻してしまいます。
私はベンチで薬を飲みました。
そして、落ち着くまで座り続けました。
「成功しなかった。」
「でも逃げなかった。」