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全日カウントダウン企画4人目は、4回生のツッコミ担当として圧倒的な存在感を放つ小松麟太郎(文4/山田)です!




 ​ズタボロ野球人生


小学生四年時、野球か競馬のジョッキーになるかで迷っていましたが、甲子園出場という偉業を達成した父への憧れを捨てきれず、地元の少年野球チームに入団することにしました。ここから多くの苦難が待ち受けていることをつゆも知らず、華々しい野球人生を夢見ていた自分が懐かしいです。初めての野球で右も左もわからず、セカンドゴロでハーフウェイをしたり3塁ベースを駆け抜けてしまったり、皆が引くような珍プレーを繰り返しながらも徐々にルールを覚え、入団して3ヶ月が経った頃でした。外野ノックの打球を取り損ねフライボールが顔面に直撃するという事故を起こしてしまい、2ヶ月の活動休止を余儀なくされました。これが私の野球人生初の大怪我であり、野球人生初の挫折でした。怪我が治りやっと練習に参加できると思えば、幼少期に発症した喘息が再発してしまい、そこからまた半年ほど、練習に参加できない日々が続きました。こうして入団からほとんどの期間練習に参加出来ず、チームに戻りづらかった私でしたが、そんな私を温かく迎えてくれた当時のチームメイトには感謝しかありません。なんとか仲間に支えられながらも卒団まで野球を続け、卒団式でナイス代打賞を貰えたことが1番の思い出です。




中学では全国的に見ても珍しい準硬式野球部に所属していました。しかしここでも外野ノックのイレギュラーバウンドを2年連続で顔面に当ててしまい、2回目でついに鼻の骨が折れてしまいました。ボールが当たった瞬間、尋常じゃない勢いで鼻血が溢れ出し、グローブが真っ赤に染まったあの場面を今でも覚えています。怪我の他にも様々な挫折を味わいました。地区大会の準決勝にて、自身のエラーにより逆転負けを喫してしまったり、20打席連続三振で0割7分1厘という驚異的な打率を叩き出してしまったり、その他私の不手際により周りに迷惑をかけ、キャプテンから猛烈なパワハラを受けてしまったりと、数えきれない挫折を中学野球で味わいました。そんな数々の苦難の中で必死に抗い続け、最後の大会、最終打席でライトオーバーのツーベースを打つ事が出来ました。人生最高の瞬間です。




高校では高塚くんと池田高校で野球をすると約束していましたが、生憎学力が足りず、裏切るような形で大阪の公立校、山田高校に入学しました。高校野球となると周りのレベルも高く、スタメンどころかベンチにも入れなかったため、2年時までスタンドで応援歌を歌う日々を送り続けていました。先輩方が引退し、新チームでは練習に勤しみスタメンを獲得すると意気込んでいましたが、度重なる部員の不祥事により、野球をする機会があまり与えられませんでした。グラウンドでの思い出より教室でのミーティングや校外のゴミ拾いの思い出の方が根強く残っています。春の大会はコロナで中止となり、このままで野球人生を終えれないと感じた私は夏の大会に向け血の滲むような努力を続けました。ただその努力も虚しく、試合に出場することなく初戦でサヨナラ負けを喫し、高校野球を終える事になりました。敗北した瞬間、意味のない右手のテーピングを見て1人静かに涙を流しながら、大学でも野球を続けることを決意しました。








次こそ輝かしい野球人生にしてみせると張り切り、元々目を付けていた関大準硬式野球部に入部しました。一年時は初めての練習試合で同志社の好投手から2安打を放ち、自分で「俺大学で化けるタイプのやつか」とか思っていましたが、そこから快音響くことなく気付けばいつもの万年Bチームコースに乗っていました。そのままズル休みを重ねた事で当時の学年リーダー藤澤くん、日高くん、坂木くんからお叱りを受けてしまいました。2年時からは真面目に練習に取り組むようになり、一年時に失った信用を少しずつ取り戻していきました。3年時には初めて声枠としてリーグ戦のメンバーに入る事が出来ましたが即刻外され、試合中当時腐り切っていた高塚くん、平田くん、大下くんと球場外で隠れんぼをした事は良い思い出です。4年になってからは福永くんの支えがあった事もあり、これまでより一層練習に身を入れるようになり、ありがたいことに秋リーグの全試合でメンバー入りさせていただく事になりました。その後春リーグでは一旦外されましたが、めげる事なく必死に練習に取り組むことで関西選手権のメンバーに入ることができ、人生で初めての全国大会出場を成し遂げることが出来ました。夢にまで見た全国の舞台に連れて行ってくれた部員のみんなやスタッフの方々には感謝しかありません。本当にありがとうございます。









チームへの想い

ここに来て人生初の全国大会という舞台に立たせてもらえるとは思いもしませんでした。それもこれも部員のみんな、スタッフの方々、家族、今まで私の野球人生に携わってくれた全ての方々のおかげです。特に同期の仲間には本当に助けられました。最初は尖ってたけど今は皆から頼られる存在の藤澤くん。冷静沈着で周りが常に見えてる日高くん。主務として危なげながらもチームを根底から支えてくれてる柿沼くん。その強い思想で僕のスタンド人生に華を添えてくれた大下くん。部内で1番まともで話してるだけで癒される加藤くん。サボりがちだけどマウンドでは頼れる存在の岐部くん。チームメイトからの強烈なイジリも笑いに変えて和ませてくれる坂木くん。部員の1番のファンであり、僕たちのお母さん的存在のすみれちゃん。部員随一の面白さを誇る生ける伝説の平田くん。1番人に興味なさそうだけどプレーでチームを引っ張ってくれる福留くん。集合時間の5分前には必ずいる入江くん。的確なバッティング指導で自分だけじゃなくチームの技術も底上げしてくれる古田くん。単位は取れないけどバッティングはいい水島くん。そして、キャプテンという大変な立場からも常にチームのことを考え、時には厳しく時には優しく僕やチームを支えてくれた福永くん。こんなにも個性豊かな同期がいたからこそ人生で一番楽しい野球人生を送れているし、頑張ろうと思える自分がいます。みんながいなければここまで野球を続けることは出来ませんでした。そんな最高の仲間と全日に行けるだけでも幸せですが、やっぱりこのメンバーで日本一の景色を見てみたいと思ってる自分がいます。俺も最後の最後、喉ちぎれるまで声出し続けるんで、みんなで日本一とって、それぞれの野球人生に最高の華を添えてやりましょう!