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全日カウントダウン企画5人目は、どんなに寝不足でもグラウンドでは華麗なプレーで魅せる福留涼平(商4/高田)です。
挫折なしの野球人生
いつもご声援ありがとうございます。
元副主将候補の福留です。
今回は野球史ということで、普段はあまり語ることのない私の野球人生とチームへの想いについて書かせていただきます。
兄の影響で幼少期から野球に興味があった私は小学1年生の頃に本格的に野球を始めました。
練習すればするほど上達するのが楽しくて、毎練習前に早朝から父とティーバッティングをし、毎日家の前にある石にボールを投げて捕球練習をしていました。6年生の頃にキャプテンに選ばれましたが、自分の結果ばかりを追いかけてチームのことなど考えない自己中キャプテンだったのでこの頃から一生キャプテンはしないと決めました。
中学では学校の軟式野球部に入部し、1年の夏から試合に出させていただきました。しかし自信のあった打撃力は軟式ボールを潰し続け、フライを量産しまくり、その後伸び悩みました。さらにクラブチーム並に厳しい監督も居られて、地元のスーパーで会った時に私が座っておにぎりを頬張りながら挨拶をしたことによって翌日の練習でパイプ椅子を投げつけられ、全員走らされた思い出もあります。
高校では公立の進学校の野球部に入り、文武両道に励みました。硬球はおもしろいほど飛び、通算11本塁打を打つことができました。2年の近畿大会では近江の林投手からホームランを打ち、雑誌に載って周りからチヤホヤされたので間違いなくここが全盛期です。後輩ながらに試合に出させてもらっていた私に優しく接していただき、伸び伸びと野球ができる環境を作ってくれた先輩方、同期には本当に感謝しています。
大学では、俗に言う楽商学部に入学し、サークルに入って大学デビューしようと考えていましたが、緩い雰囲気が合わず、どうせやるなら本気でやろうと思うようになり、準硬式野球部に入ることを決めました。当初、準硬のレベルは想像していたよりも高くて驚きました。1年目は全く結果が出ず、同期が活躍しているなか、リーグ戦をただスタンドから見ることしかできず、とても悔しくて、絶対にこの代から試合に出たいと心の中で思っていました。これまでろくな努力もしてこなかった私でしたが、そこから朝4時に起きて濱田さんや川北さんたちと朝練を行うようになり、家ではバットを振り、2年の春にレギュラーとしてショートを任されるようになりました。しかし、練習では捕れていた打球をなぜか試合で捕ることができない現象に陥り、リーグ戦で8試合8エラーという伝説を刻みました。自分のせいで負けてしまった試合もあり、先輩方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。その後、夜はバーテンダーとして深夜まで腕を振り、昼は部活でバットを振る生活が2年ほど続き、身体的、精神的に大きく成長しました。その結果、エラー数も徐々に減り、安定の2割5分バッターとしてチームに少し貢献することができましたが、自分としては記録に残る結果を残すことができなかったことはとても悔しいです。
これまでの野球を通して多くの人と出逢い、多くのことを学びましたし、なによりも野球ができる環境、支えてくださる方々、特に幼少期からずっと応援し続けてきてくれた両親のおかげで最高な野球人生を送ってこれました。最後まで全力で野球を楽しむことで恩返ししたいと思います。
チームへの想い
まず、幹部にもならず、1番楽な立場でチームに携わってしまったことを謝らせてください。そのなかでも自分なりに責任感をもってチームを第一に考えて行動してきたつもりですが、個性豊かなチームを上手くまとめあげ、全国まで導いてくれた福永を中心とした幹部には本当に感謝しています。後輩たちもこんな自分を慕ってくれてありがとう。今はあまりチャンスがなくて結果が付いてこない人もいると思うけど、腐らずにやり遂げた時に必ず見えてくるものがあると思うから粘り強く頑張ろう。そしてなによりも同期は優しくておもしろい人ばかりで、人として良い人が揃っているなとつくづく思います。もちろんリーグ優勝、全日出場は嬉しかったけれど、自分はみんなとやる野球が楽しかったし、野球本来の楽しさを大学生にして感じることができて本当に幸せな3年半でした。全日は人生で本気で野球に取り組める最後の機会。日本一のチームなって美味しいお酒飲みましょう!




