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6日目は鮫島大河(文4/関大一)です✨
我が野球人生に一片の悔いなし
今日誕生日の人おめでとう、どうも鮫島です。
鮫島のブログはまだかまだかと待っていた頃かと思います。お待たせいたしました。お待たせしすぎたのかもしれません。すみません。こういったものを書くのが初めての経験でついテンションが上がってしまいました。読みづらい所もあるかと思いますが最後まで読んでいただけると幸いです。
小学時代
野球を始めたのは小学校に入学するよりも前だったかと思います。2つ上の兄が野球を始めたのをきっかけについて行く様な形で私の野球生活が始まりました。小3まで同期が0という極限環境の中必然的にキャプテンとなり小6になる頃には同期は6人に増えていました。人数が少ないおかげで色んなポジションを守ることが多く内野とバッテリーの経験ができたのは大きな財産となりました。ただ、チームとしては年間3勝しか出来ず、コールド負けの5回が終わるのをひたすらに待つ野球をしていました。勝った日には保護者にもらったご褒美のプリンをみんなで食べていたのを覚えています。
中学時代
中学でも兄の後を追うようにみなさんご存知、軟式野球チームの高槻クラウンに入りました。小学時代もやっていたのと目立ちたがり屋だったためクラウンでもキャプテンを務めることとなります。クラウンでは初めて勝つための野球を知り生活の中心が野球に変わりました。まだ日が出てから間もない時間から河川敷に集まりタッパーに詰められた白米を食べてから朝練に励んだり、日が沈んでからもナイター練習に励んだりと今でも鮮明にその頃の記憶が蘇ります。クラウンでは主にショートを守りながら同時に2番手投手といった立ち位置でした。投手のブルペン練習が終わりタイヤ押しなどのしんどいメニューになるとショートの守備練習などに逃げ込むという完璧な立ち回りをしていました。チームメイトに恵まれたこともあり多くのメダルを獲得することにもなりました。大阪1位や勝率8割、最優秀選手賞などキャプテンとして経験出来たことは僕の人生の中でも非常に大きなものとして残っています。今振り返るとこの時期は僕の野球人生の中で1番輝いていたと思います。上野と宮下はこの頃の僕の話をもっと後輩たちにしてあげてください。よろしくお願いします。
⚠️高校時代⚠️
一応、野球推薦という形で関西大学第一高等学校に入学し野球をすることになりました。入学当初の私はクラウン時代と同じくショートをしながら投手をしようと企んでいたので硬式用の内野手グラブを購入し高校野球が始まりました。入学して間もない頃の新入生を試す練習試合で3打数3安打3打点に3塁打も1本と大谷翔平ばりの活躍をします。あーこれもろた、硬式ちょろと本気で思っていました。それから2ヶ月も経たない内に確変だったことがばれ、さらに投手不足だったため投手1本で行くことになりその日から買ったばかりの内野手用グラブに土がつくことはありませんでした。
それからというもの1年夏に19番をもらえたり、3年春に1番をもらえたりしましたが監督からの叱責の嵐に萎縮した雰囲気の中の野球に嫌気がさし野球が本気で嫌いになりました。高槻グランド行きのバスに乗っていると今から部活が始まるというストレスでお腹が痛くなり練習前のトイレにはいつも列ができていました。そんな中野球を続けれたのは本当にチームメイトの存在のおかげです。特に今村主将の存在はとても大きく助けられていました。小便の色が茶色になるほど追い詰められたり、2.3時間監督室の前で立たされていた今村主将を見て自分よりしんどい人がいるんだからとなんとか正気を保っていました。あの頃は助けてあげられなくて本当にすみません。当時の僕は無力でした。
大学時代
高校時代から高槻グランドで野球をする準硬式を見て楽しそうと思い、また野球を楽しみたいと準硬式に入部することとなります。ですが高校野球を引退してから何もしてこなかった体でいきなり準硬式を始めたことにより常にどこかに不調を抱える準硬生活になってしまいます。肩の痛みに悩まされつつ、リーグ戦初先発を任された試合で腰椎分離症になるなど準硬生活の半分近く怪我人リストにいたかと思います。
しかし同時に楽しく野球出来た時期でもあります。高校と比べ物にならないくらいの雰囲気の中選手主体で進めていく練習。それに加えてチームメイトには気のいい人が多く、特に同期の15人には感謝しています。結局大学最終戦はスタンドから見ることになりましたが今まで一緒に頑張って来た同期が活躍しているのを見て本当にかっこよかったし今まで野球をやって来て良かったと心の底から思うことができました。
チームへの思い
まずはこんな怪我ばっかでチームに迷惑をかけていた自分を最後までチームの一員としていさせてくれて本当にありがとうございました。今村主将にいたっては6年間ほどお世話になりました。やっと友達として目を合わせて話すことができそうです。
後輩たちにこんな僕の口から言えることはありませんが、自分たちのやりたいように頑張って下さい。応援しています。
同期へ。文字通り皆のおかげで今まで野球を続けることができました。今村主将を中心とした幹部は純粋に尊敬してるし、この学年の一員でいられたことを誇らしく感じてます。ありがとうございました。お疲れ様です。
それとなんといっても竹下をはじめとした個性豊かな投手陣のおかげで本当に楽しく野球をすることが出来ました。愛媛合宿中の伊藤くんとのナングンの思い出は絶対忘れません。今振り返るとしんどい時期もあったはずが楽しかった思い出しか出てきません。それはなんだかんだ笑い合える同期がいたからだと思います。これから顔を合わせる頻度は減るかと思いますがまた集まって思い出話に花咲しましょう。
両親へ
今まで16年間ほど野球生活を支えてくださり本当にありがとうございます。2人のおかげでここまで野球を続けてこられました。お母さんにはずっと弁当作ってもらったりドロドロのユニフォーム洗ってくれたり何から何までお世話になりました。お父さんには野球のあれこれを色々学びました。人生で一番の僕の野球の指導者はお父さんだと思います。野球生活最後の試合グランドに立ってる姿を見せられず本当にすみません。申し訳ないです。今までもらったこの恩をこれから地道に返していこうかと思います。今まで2人の元で野球をしてこられて本当に幸せでした。本当にありがとう。







