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7日目は伊藤脩太(社4/高松西)です✨



人生の財産

 

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先日の試合をもって引退となりました、準硬式野球部4回生の伊藤脩太です。

今回は僕の思いとともに野球人生を振り返りたいと思います。 



 僕は小学1年生の終わり頃、友達と一緒に小学校の野球チームに入りました。野球を始めたきっかけは何だっただろうと考えてましたが、あまり覚えていません。ただ、僕が幼稚園児だった時、父がソフトボール部で活動しており、それについて行ってたことや、小さい頃から父の影響で阪神ファンだったことから野球が身近なものだったので野球を始めるのは必然だったのかなと思います。

 

 小学校中学年の頃、ジュニアチームのキャプテンを唐突に任されたことがありました。初めての経験で右も左も分からず、挙句の果てにはピッチャーでストライクが入らず、自分のせいで負けるということもありました。初めて挫折を味わった経験でした。その頃から父さんと朝早くに起きてランニングや公園でノックを打ってもらったり、キャッチボールをしてもらっていたことを覚えています。朝起きれず怒られたり、ピッチング練習でも怒られ、泣きながらボールを投げたりもしました。今思うと、本当に良い経験です。

 小学校6年生になるとショートとピッチャー両方で試合に出るようになりました。県大会の決勝で2度準優勝したり、あまり規模の大きくない大会の決勝で7回完投して優勝投手になったり、またチームメイトにも恵まれ、僕の野球人生の中で、野球を純粋に楽しめた時期でした。



 中学校では学校の軟式野球部に入部しました。今思うと、中学時代の野球が1番面白くなかったかもしれません。3年生になるまで試合にもあまり出れず、監督にはミーティング中に笑っていたからとか、色々な理由で怒られまくりました。野球に対するモチベーションもどんどんなくなっていき、練習中に友達とサブグラウンドでふざけ合ったり、サボる能力だけが上達していきました。練習も意味不明なくらい長く、朝8時から練習して昼休みはみんなで教室にこもって勉強し、また午後から夜8時まで練習するという意味不明な練習量をこなしていました。辛かったです。中学野球はそんな感じで成績も中途半端に終わりました。

 

 中学野球が終わり、卒業までの半年間は硬式のクラブチームで練習していました。そこで出会った監督さんは今でも忘れません。とにかく怖すぎました。朝練習に行って普通の声で「おはようございます。」と言うと、いきなり「声小さいから今日はずっと走っとけ」と怒鳴られました。そんな感じで半年間怒られ続けました。けどこの経験で根性を叩き上げられ、粘り強さを身につけられたと思います。


 次は高校時代です。そこまで強いチームではなかったので1年の秋にはショートのレギュラーとして試合に出させていただき、また自分の代ではキャプテンも務めることもできました。秋の大会と夏の大会ではベスト8という成績を残すこともできました。どちらも負けた相手が高松商業ということもあり、納得した形で引退を迎えることができたと思います。優しくて時には厳しい監督さんや部長さんに出会うことができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。


 

 大学では、高校の監督さんに勧められたのをきっかけに準硬式野球部に入りました。最初はみんな陽気でこのチームに交じれるか不安でしたが、良いチームメイトに巡り会えたと思います。リーグ戦にも1年生の頃から出させていただき、大学でも有意義な時間を味わえるはずでした。しかし、肩の怪我を発症してしまい、思い切り投げるということができなくなってから、どんどんモチベーションが落ちていきました。練習をサボる日も増え、先輩や同期に見放されると思いきや、なんやかんや自分を必要としくれて、試合にもなんやかんや出させていただきました。感謝しかありません。

 この準硬生活で1番印象的なのは3年春のリーグ戦です。正直優勝なんか夢のまた夢と思っていました。けど、まさかまさか優勝できた時は今までにない達成感を味わうことができました(ほぼ藤澤さんのおかげ)。自分のせいで部を無くしかけたことも何度かありましたが、全体的に見ると準硬生活も楽しいものでした。本当にチームメイトには感謝してます。



同期へ

 上記の通り、陽気な関西人であるみんなと上手くやっていけるかとても不安でしたが、仲良くしてくれてありがとう。プライベートで一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったり、野球以外の面でも接点を持てたのが嬉しかったです。練習中に一緒にサボった鮫島くんや授業を一緒に受けた松田くん、福岡くんなどどれも印象的です。これからも仲良くしてくれたら嬉しいです。



両親へ

 今まで約16年間、野球を続けさせてくれてありがとう。小学校の頃から練習の送り迎えをしてくれたり、弁当を作ってくれたり、一緒に練習してくれたり、ユニフォーム洗ってくれたり、親なしで野球をすることは不可能でした。試合にも大学生になっても見に来てくれて、両親のために野球を続けようという気持ちにもなれました。早く自立して、これから残りの大学生活と社会人生活で恩返しできるように頑張ります。本当にありがとう。