2007年 7月15日
又、以前と同じような夢を見て眼が覚めた。
今、午前2時前である。
余程、意識の中にこびり付いているのだろう。
内容は、小学生くらいの我が子が外出したのに、いくら待っても帰って来ない。
連絡が無い。
携帯を持たせれば良かったなと、さかんに悔やむ。
探しに行こうとする衝動を何とか抑える。
昔、私の子が中学生の頃、親に反抗する時期があった。
「もう教会には行かない!」
と散々わめいた。
聖書も破り捨てた。
私は絶対に譲歩をしなかった。
その結果、
「死んでやる!」
と家出してしまった。
1日で帰ってきて、反抗は止まった。
「死んでやる!」
とわめいても、譲歩しない事が判ったようだ。
親の方は只、只、子供の帰って来るのを待った。
夜になっても、まんじりともしないで、本当に泣きながら、探しに行く衝動を抑えながら。
その後、幻を視た。
神様が子供(人類)を想う思いの方が遥かに強かった。
「例え親が子を捨てる事があっても、私はあなたを見捨てない」
この言葉は本当だなと思った。
そして神様は人間が帰って来るのをじっと待っている。
いや泣きながら探しに出掛けている。
イエス様は泣きながら我が子を探している母親の姿だなと、つくづく思わされる。
イエス・キリストの十字架は、丁度、焼け死ぬ事を知っていて、火事場に飛び込み自分の子を助け出そうとする母親の姿の様に見える。
違うのは母親は死の苦しみを知らない。
イエス・キリストは知っていた。
迷い子の子供を助けて無事親の元に連れ帰ったら、親はどんなに感謝するであろうか。
これは誰でも出来そうである。
【イザヤ書49章 15〜16節】
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。」
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