家族から似顔絵がそっくりな(笑)
誕生日カードをもらい
昨日おかげ様をもちまして
無事52歳を迎えることができました
何気ない日常に
当たり前の日々
生きて暮らして
当然のことのように
感じてしまいがちだが
年を重ねるごとに
生きてる奇跡を実感
誕生日には
生れてこれた奇跡を
両親に感謝
祖父母や先祖代々の
この受け継がれた
「血」に感謝
若い時には
立ち止まりも
考えもしなかった
ただ、
「こうありたい」
「こうしたい」
「これを手に入れたい」
と、求めてばかりだった
もちろん50を過ぎた今でも
求めてばかりだと
苦しくなることも
でもこの歳になると
嫌でも学んでくることも
多少なりとあり
「苦しいのイヤ」
↓
「あ、そうそう、求めなければ楽なんだ」
↓
「おぉー、今、求めてたわー」
って、なるとずいぶん楽
「これがほしい」「あれがしたい」「こうなってほしい」
と願えば願うほど
「これがほしい」「あれがしたい」「こうなってほしい」
と”願いつづけなければならない現実”が
「求めよ、さらば与えられん」と
言わんばかりに
与えられ続けられてしまう
だからこそ、
「願う」「求める」という執着を
一旦ちょっと手放して
ちらっと「願う」(笑)
んで、願ったあとは忘れる
これが昨今、
いろんな人が言っている
現実創造の在り方なのかな、と
確かにこれには実感あり
全てを「成り行き」に委ねられるほど
執着を捨て切ることなど
まだまだ到底できそうにはないが
樹木希林の
「一切なりゆき」を
ふと思い出すだけで
「ちょっと委ねちゃってみるか」
っと、思える自分がいる
52歳二日目の本日








