
Naoyaくんにとって、
顔ってどういう役割のもの?
仲のいいセラピストの友達から、
そんな質問を投げかけられました。
いつもふたりで話しながら、
いろんなことをシェアし合っているのですが、
昨日は、そんな話題になりました。
僕にとっての顔とは、
コミュニケーションをスムーズにするための
ツールのようなもの。
僕は特に笑顔がいいと、
人から言われることが多いので、
特にそう思えるんです。
国籍とか老若男女の枠を越えて、
交流するためのパスのようなもの。
・・・そんな感じで答えました。
でも、その自慢の笑顔も、
今は半分、顔面神経麻痺でなくなって、
不自由な状態になっています。
と思いきや、
実は笑顔が半分になってから、
新たに交流が始まったり、
今まで以上に交流が深まった・・・ということが、
少なくないことに気づいたのです。
例えば、家の近所のコンビニ店員さん。
いつも、挨拶だけしていたのですが、
顔が半分動かなくて、
笑顔で挨拶できなくなった
僕のぎごちなさに気づかれそうだったので、
病気のことを伝えたら、
コンビニで会うたび話しかけてくれて、
「この前来たときより、顔が回復してますね」
と、必ず言ってくれるんです。
まるで暗示のように、
自分の回復力を速めてくれるような、
そんな魔法の言葉だったりします。
他にも、今の顔の状態になってから、
ヨガスタジオでも挨拶程度だった人と、
交流が深まったりもして、
何だかユニークな展開だなぁと、
毎日を楽しく味わっています。
「完全な笑顔」だからこそ、
人との交流が潤滑になると思いきや、
「不完全な笑顔」になってからのが、
回り出したりしていることも増えていたりして。
僕の顔じゃない部分が
人の心を動かしているのかな、と、
ふと思ったりしています。