ザ スミス  | ビートルズやメンバーへのミュージシャンの発言集 The Beatlesの影響 The Beatlesの評価 

ビートルズやメンバーへのミュージシャンの発言集 The Beatlesの影響 The Beatlesの評価 

 ビートルズやビートルズのメンバーに対するミュージシャンの発言は今までたくさんありました 。おそらくこれから先もたくさん発言される事でしょう。ここはビートルズが与えた影響を記録していく場所です。

the Smiths

投稿文字数が増えたのでまとめました。

 

ジョニーマー(ソングライター ギター)


 

 

                      ローリングストーン


 
 ビートルズの作品はいつもそこにあるように思えた。ジョンレノンのサウンドとポールマッカートニーの声の組み合わせは僕が気が付いた時にはすでにイギリス文化の一部だった。僕の彼らに関する最初の記憶は(ラブミードゥ)だよ。

 


 ジョンレノンが死んだ時には僕はまだ学生でラジオとテレビでニュースが流れていたのを覚えている。みんながショックを受けていて、その話で持ちきりだった。僕の学校で彼のファンが(僕はジョンと一緒に向き合って話し合いたい)と叫んでいた。その時、僕や僕の友達は冗談じゃないって思ったんだけど、ジョンレノンはその時点で、つまりポップスターの域を超えていて神秘的な政治シンボルになっていた。
 

 

 

 


 


 ジョージハリスンを物差しにしてきた。ビートルズの中で一番奥が深い人だと思う。初期からあの狂乱の時代を通してジョージには一貫して品がいい存在感があった。演奏は人を表すということ。練習熱心だし、まじめに接していてそれがサウンドから醸し出されていた。レノンのギターみたいに攻撃的ではないし、マッカートニーのギターが時々なるみたいに奇抜だったりコンセプチュアルだったり、ウケ狙いだったりするわけではない。

 


 ジョージのギターは抑制が効いていてセンスがいい。でも革新性が無いわけでもないんだ。派手ではないけれど相当のテクニックが要求される。初期のビートルズのシングルには難しくてびっくりするようなフレーズもあるんだ。ミュージシャンがあの辺のリフを真似しないのは正確にはどうなってるかわからないからなんだよ。
 


 ジョージは作品にどうやって関わろうかと黙々と考えている人という印象だな。スミスの初期には完全に影響された。ただ飛ぶようにソロを弾いてるだけじゃない。ギターを曲展開のキーにするというアイデアがすごく大事だった。ジョージは美意識にも優れていた。

 


 最初にジョージがわかったって思ったのは15歳ぐらいだった。全く偶然に2枚組のアルバムに出会ってね。当時たたずまいとしても人としてもジョージが一番謎めいて見えた。なぜならそのころにはちょっと暗いものに惹かれていたからね。(While My Guitar Gently Weeps)をきいて(これだ。)って思ったんだ。(サムシング)も音楽的な意味でも素晴らしい曲だと思う。あの曲の重要性を思うとものすごい功績だと思う。



 ビートルズの長所は全員それぞれに役割がきちんとあったという事だ。ジョージの場合センターにいたいとか、ライヴァルとコラボレーションしたいという欲求がないから、音楽的にも性格的にもビートルズのあのポジションがあっていた。全体の化学反応の中でジョージ的な役割が必要とされていたという事だよ。レノンとマッカートニーはジョージという人格、それから2人でコンビとして上手くやって行く為に第2のラインを必要としていたといえるんじゃないかな?ビートルズ全体では僕から見るとジョージが一番先進的で未来志向だったと思う。

 


 (ストレンジウェイズ・ヒア・ウィ・カム)はホワイトアルバムにすごく影響されているんだ。僕はスミス時代ずっとジョージ漬けだったけど、その後にはもっと直接的に人間的に影響を受けることもあった。(ハーフアパーソン)は僕がジョージっぽく弾きつつ他のメンバーがビートルズにならないようにしているものなんだ。(ヘッドマスターリチュアル)は(アイフィールファイン)のジョージの真似。それからジョージのルックスも好きだな。スミスの一番目のアルバムでは僕なりにジョージを気取って写ってるんだ。ずっとジョージが一番かっこいいと思ってたからね。(リヴォルバー)からずっと世界で一番クールなのはジョージだと思っていた。

https://www.youtube.com/watch?v=f37lC0CSXlQ

 

https://www.youtube.com/watch?v=sLX5Nym9fcs

 

 

 

                   1989年 NME

 
 プレスがスミスの解散を報道した日にポールマッカートニーのオフィスから電話をもらった。ジャムセッションの為のグループをいくつか作るという話だ。(君も参加してみないか)というので、(いいよ)!と答えた。(じゃあ(TWENTY FLIGHT ROCK)や(LAWDY MISS CLAUDY)を知ってる?)って聞いてきた。それらの曲はポールが愛して止まない昔のロックンロールソングで彼のルーツだ。(知ってるよ)と僕は言った。すると今度は(アイソーハースタンディングゼア)と(ゲットバック)を知ってる?って聞かれた。 

 


 
 もちろん僕は知っていた。なぜなら自分の好きなアーティストを順に挙げていくと、クリッシーハインド、ポールマッカートニー、ミックジャガー、ジムモリソン、バディホリー、エディコクラン、ジーンヴィンセント、エルヴィスプレスリーというわけで、ポールマッカートニーは僕にとって最も重要な人として並べられ、まさに僕のルーツの一人だ。だからもちろん彼のルーツもいくつかの曲はわかっていたんだよ。

 

 
 こんな風にして、電話の主は、次から次へと曲の名前を挙げていった。(両親に訊かなきゃならないね。)と、僕は答えたよ。それで、両親から借りた何枚かのレコードでテープを作って、そういった昔の曲を聴いた。それからセッションに行ったんだけど、そのセッションは人生最高の日々でもあり、かつ悲惨な日々でもあったね。酷く神経質になって本当にひどいプレイをしてしまった。ポールマッカートニーの前だと思うと緊張して体が思うように動かなかったんだ。


 
 現実のポールマッカートニーはファンタジーの中の人ではなく真のミュージシャンだった。例えば僕がジェフベックと会った時のことだけど、凄く楽しかった。彼は間違いなく最高のギタリストなんだ。ジェフベックの(奏法)、そして(ひらめき)、(テクニック)、それぞれにおいて彼は現在いる白人ギタリストの最高峰に位置していると思う。でも彼は曲が書けないからね。だから、レコードもそれほど売れなかったんだ。いくら上手く弾けても、曲がなければ耳を傾けてくれないだろう。 一方、ポールは演奏もソングライティングも素晴らしく、羨ましい事に自分の言葉で声で歌うことが出来た。 (僕の最大の挫折はスタジオで僕の歌に関しては一定のレベルに達していないことに気づかされた事だった。)



 とにかく、ポールの音楽に傾ける情熱ときたら、そりゃあ凄いものだった。だから一緒にプレイ出来た事は素晴らしい体験だったし、僕に将来、孫が出来たなら話して聞かせたい様な話だと思ってるよ。ポールがいてヘンリースピネッティ(偉大なドラマーだ。)がいて僕がいて、そしてもう一人ギタープレイヤーがいて。7時間も一緒にプレイした。そのセッションは不幸にもテープに録られてしまったんだ 。

 

 


                2013 NME

 ポールマッカートニーとはいわゆるレコーディングセッションはやらなかったけど、1日8時間から9時間くらいみっちり一緒に演奏するということはやったよ。とにかくひたすらなんでも弾いてみるということをやって、力を入れてかなりラウドに演奏したんだよ。というわけで、当たり前だけど、これがほんと楽しくてね。ポールはかなりの弾き手だったよ。



 ベースも上手いし、それを弾きながら歌っている歌がかなり上手いよね。あれはほんと楽しかったなあ。ザ スミスが終わってからは、あれがまず最初にやったことだったんじゃないのかな。それからも何度かポールには会ってるけど、一緒の演奏はその後はやってないね。でも、ポールはいつも親しくしてくれるし、すごくやさしくしてくれるよ。



 一緒に(アイソーハースタンディングゼア)もやったし、(トゥウェンティフライトロック)や(トゥッティフルッティ)もやったし。ぜひにとお願いして、(今日の誓い)もやってもらったんだ。あと、ウィングスの楽曲もやったよね。(シームーン)とかよく憶えてるな。あれは楽しかったな。ポールと一緒に(アイソーハースタンディングゼア)のハーモニーとか歌っちゃってるんだから、最高だったよ。ぼくもまだ23歳とか、24歳くらいだったからね。



 多分、ポールは僕がどんなもんかと探りを入れてたんだと思うよ、僕のやってきたことを気に入ってくれてたようだから。ザ スミスでは『ザ クイーンイズデッド』でリンダマッカートニーに演奏と歌を提供してもらえないかと打診してて、これは残念ながら実現しなかったんだけど、だけど、ポールは僕たちのやってたことを知ってたはずなんだ。ぼくの演奏の仕方を気に入ってくれてたみたいだったから、それは嬉しかったよ。



 



 モリッシーが、リンダマッカートニーに(Frankly, Mr Shankly)でピアノを弾いて欲しいってポストカードを出したんだ。でも、断わられた。できないとだけ言われたよ。彼女にやってもらいたかったな。僕らは彼女の大ファンだったからね。

 


 


            Female First 2007

 



 イギリス人は未だにビートルズの解散という事実から抜け出せないでいる。だから誰かにそのポジションを埋めさせようとしているんだ。アメリカではそういったことはない。これが僕が米国にいる理由の一つだ。イギリスのロックバンドは彼らを模倣し続けている


 僕はアイルランド移民の末裔でとても貧しかったから、ラジオから流れてくる音楽は家族にとって宝物だった。その中でもビートルズは特別な存在で両親もよく聞いていた。僕は(ア ハードデイズナイト)と(ヘルプ)の再上映を思い出せるし、彼らについての最も古い記憶は(ラヴミードゥ)でのジョンレノンのハーモニカなんだ。

 

 

 

    ジョニーマー自伝

 

 電話があり、ポールマッカートニーのマネージャーがポールと一緒にやる気はないかと打診してきた。考えるまでもないよ。すると数分も経たないうちに古いロックンロールソングのリストがファクシミリで送られてきた。これをポールが僕に聴いてほしいと言っているのだ。エディーコクランのトゥエンティ―フライトロックとリトルリチャードのロングトールサリーは知っていた。バディーホリーとエルヴィスの何曲ずつかも知っていた。

 

 

 次の週、町はずれのリハーサルスタジオに行くと色んなロックアルバムのクレジットで名前だけは知っていたミュージシャンがすでに集まっていた。ドラムスにはヘンリースピネッティ、そしてギターはファミリーのチャーリーホイットニー、僕は断トツの最年少だったので、死ぬほど緊張しまくっていた。それらの曲はクレイジーフェイスで良くジョーがかけていたので聞き覚えはあったが、自分で演奏した事は無かった。だから、あとはその場の雰囲気でやるしかない。

 

 

 ポールとリンダがやってきた。僕にとっては世紀の一瞬。。だが、彼らにしてみればよくある日常の一コマだろう。ビートルズの一員と会えることに興奮したのはきっと誰もが一緒だろうが、僕はリンダのファンでもあった。ガキの頃から、彼女のファンだったのだ。菜食主義にこだわり続ける彼女を尊敬していたし、((ザ クイーン イズ デッド)で彼女に何かをしてもらえないだろうか?)と実は頼んだ事があるぐらい彼女の生き方をロールモデルとしていたのだ。そんなリンダとポールと僕はここにこうしているのだ。

 

 

 2人ともフレンドリーで気さくだった。ポールは音を作りながら、(トーキングヘッズとの仕事はどうだった?)と聞いてくれた。ビートルズの一員と同じ空気を吸っているというのは、ものすごい期待とわずかばかりの不安が入り混じる、何とも不思議な感覚だった。同じ状況に居たことがある物なら、きっとよくわかるはずだ。24歳にしてビートルズの一人と仕事をしてしまった僕。。しかも、僕はまだ人生半ばというんだから。。

 

 

 ポールマッカートニーに関してまず気が付いたこと、それは彼がベースを手にした瞬間、どれほどさまになるかということだ。楽器が完全に彼の一部となっていた。ポールがアンプを前に(ブーン!)と一音、ベースを鳴らしたときの、耳を突き破るような音を僕もこの耳で聴いたが、それはこれまでに聴いたベースサウンドの中でもっとも素晴らしく、最もビッグな音だった。

 

 

 (やばいよ。今僕の目の前で歌っているのはポールマッカートニーなんだぜ!!みんな気付いているのかな。?ポールマッカートニーだぜ!今そこに居るのは!)そう叫びたい衝動を抑え、あくまでも本物っぽい50年代のロックンロールに近づけようと、僕は弾き続けた。しばらくしてポールに(アイソ―ハ―スタンディングゼア)は知っているか?と尋ねられた時、僕はポーカーフェイスで(ああ。知っていると思いますよ。)と答えた。すると彼は事も無げに言うのだ。(ハーモニーを歌ってみるかい?)僕の頭の中では叫び声が聞こえていた。(つまり、ジョンレノンが歌っていたパートを歌うって事?!ボクガジョンンレノンノパートヲウタウッテコトデスカ?!)それでも表向きは(オーケー。じゃあやってみましょう。)と軽く答え、僕はポールマッカートニーと向かい合いながら、(アイソ―ハ―スタンディングゼア)と歌っていた。それが現実とは信じられないまま、僕はせっかくの機会だと思い、勇気を振り絞ってもう一曲提案した。(今日の誓い)をやりませんか?(1、2、3)とポールがカウントしをとり、こちらもなかなかの出来であったと自負している。

https://www.youtube.com/watch?v=oxwAB3SECtc

 

https://www.youtube.com/watch?v=NItAlTsPuQg

 

 

 僕が伝説的なミュージシャンと共演した経験から感じたのは、(結局、ミュージシャン同士にとって大切なのは演奏だけだ。)という事だ。どんなおしゃべりをしたかとか、どんな事をそこでしたのかなんてほとんど関係ないのだ。

 

 

 ポールマッカートニーとは一日中、ひたすら演奏をした。初めておとずれた休憩時間、ポールとリンダは僕の近況を知りたがった。リンダは凄く良い人で、おかしくて、魅力的で、僕が最近どうしているのかを知りたがってくれた。(ザ スミス)の解散についても聞かれ、僕は(どこに行ってもその事から逃れられないようで辛い。)と正直に答えた。彼女は真剣に耳を傾けてくれ、ポールも頷いていた。その後はよくあるミュージシャン同士の話になったが、そんな時、ポールは(ああ。ビートルズも日本でそんな感じだったよ。)とか(ああ、僕たちにもそういうことがあったよ。)と、ごく自然の事のように言うのだった。だって、実際、彼にとってはそうだったんだからね。

 

 

 今、彼は一人の音楽家として僕の話を聞いている。今こそ彼に意見を求める一生に一度のチャンスだった。彼も常にソングライティングパートナーとの関係で悩まされてきた。そして彼のバンドの解散は彼がその後一人になって、公私ともに良い旅を続けてきた今現在でも、なお雲のように彼に覆いかぶさっている。

 

 

 誰かの賢明なる一言で、僕のこの状況を勇気づけてもらえるのだとしたら、それは今、僕の目の前にいるこの人しかいない。僕はここ最近におきた出来事の基本的なディテールを今一度、彼に説明した。そして息を凝らしポールマッカートニーからの見識ある一言を待った。彼は無言のまま。。。僕は待つ。。。さらに無言。。。するとポールはこう言った。(それが君にとってのバンドなんだよ。)それだけ。。。(それが君にとってのバンドなんだよ。)

 

 

  その後、自分がポールの様な立場でミュージシャン仲間からそれぞれのバンドの悩みや苦境に関する話を聞かされることもあった。そんな時に何か別の事を言おうと思ったこともあったが、決まって僕は同じことを言った。(それが君にとってのバンドなんだよ。)この言葉は僕がポールマッカートニーからかけてもらった言葉だよ。そして、ポールマッカートニーならば、バンドの事を一つや二つは知っている。

 

モリッシー(ヴォーカル ソングライター)

 

 

 

            ビルボード

 

◎最近、音楽界ではビートルズのアメリカデビュー50年を祝っていますが、この素晴らしい4人から音楽的にあるいは他の面で影響は受けましたか?


 

 彼らの曲で4曲は素晴らしいと思うものがある。自分にとって、とあるバンドが4曲も素晴らしい曲を与えてくれるのであれば、僕にはそれで十分だ。でもビートルズに影響されたか?と訊かれたら、答えはノーだ。



 

 

        彼のホームページ



 僕がバンドをやるって聞いて周りの年配者が(ビートルズみたいになりたいのかい?)って。イギリスってそういう国なんだ。


 核兵器反対、戦争反対って言ったって僕らがやるような平和的な方法では現実が悲惨過ぎる今の状態では無理があるんだ、やるならばもっと刺激的な方法でやらないと。だから僕らが出来る事は、より身近な動物愛護運動みたいなもの。ポールマッカートニーがやってるような事だ。そして彼の娘のステラマッカートニーはイギリスを代表するファッションデザイナーなんだけど毛皮を使わないんだ 。とても素晴らしいと思ってるよ。なぜなら僕は(ミートイズマーダー)っていうアルバムを出したくらいだからね。




 

        2013 ハリウッドリポーター



  (ステイプルズシアター)がポールには出来ないと言って僕にはよろしいと言ったことについて、ポールマッカートロード卿が大変ご立腹なされたことはとても驚かされるし、動物を代弁してどんな形の勝利についても喜ぶべきだと思うんだけどね。ポールが動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)のために不断の協力を提供していることはよく知っているけど、その一方でポールはイギリス王室を偏愛している。この王室というものの動物への扱いほど、どす黒いものはないんだから。女王はロシア全土を敷き詰められるほどの毛皮で自分をまとっているくらいだし。



 ポールはかつて女王に対して(アイルランドに平和を)でアイルランドをアイルランド人に帰せと訴えたこともあるんだよね。でも、女王はこれを拒否して、今も拒否し続けているのに、ポールは女王を称えてるんだから!! もし動物について情熱を持って考えているんだったら、ポールはとっくにナイトの称号を返上しているはずだよ。だってポールには女王のお墨付きなんか必要ないんだから。ポールは女王の想像を遥かに超えた悦びを世界中の人々に与えてきたんだから。

 

https://www.youtube.com/watch?v=LUr-SYeoQsU

 

https://www.youtube.com/watch?v=bXvikC1ZtSE

 

https://www.youtube.com/watch?v=sCBIUK7s0MM

 

https://www.youtube.com/watch?v=d0LeL9BUPtA

 

https://www.youtube.com/watch?v=0m2X1r7Rmxo

 

https://www.youtube.com/watch?v=_OoXapzIrmo

 

https://www.youtube.com/watch?v=1nRRu9WAA-k

 

https://www.youtube.com/watch?v=0AvuweztG4Q

 

 

 

 

アンディールーク(ベース)

 

      

            ベースギターマガジン 2017

 

◎あなたはいつギターからベースに持ち替えたんですか?

 
 
  僕がベースに持ち替えたのは、ジョニーマーと(ホワイトダイス)っていう酷い名前のバンドを結成した時なんだ。その時、ベースを演奏していたのはケヴィンケネディ―(イギリスの有名な俳優)だよ。彼がそこで演奏した唯一の曲は(シンリジー)の(Don’t Believe A Word)だった。20回リハーサルをして、ちょっと厄介になってきた時に、ジョニーが僕に対して(ベースをやってみない?)って提案したんだよ。僕は降格されたみたいな気になって、最初はちょっと傷ついたんだ!だけどベースに挑戦してみて、好きになったよ。なぜなら、ベースは僕の考え方をすべて変化させてくれたからなんだ。僕はそれまで、どんな楽曲でもベースラインを意識して聴いたことが無くて、漠然と全体的に楽曲を聴いてたんだ。でもそれ以後、僕はベースに憑りつかれた。
 
 
 
◎あなたはどのベースプレイヤーを賞賛していましたか?
 
 
  ジョンエントウィッスル(ザ フー)からは大きな影響を受けた。そしてマッカートニーも明らかにそうだよね。ほとんど褒められないヒーローの一人はビルワイマンだよ。今まで誰も彼のベースラインのことを言及しないけど、僕はそれらの演奏は素晴らしいし、本当にファンキーだと思うよ。
 
 
 
           ベースプレイヤー
 
 
◎あなたの好きなベースプレイヤーは誰ですか?
 
 
 その質問をされたら、いつもジョンエントウィッスルとポールマッカートニーの名前を挙げることにしてるんだ。なぜなら、彼らは技術的に上手いだけのベースプレイヤーではなく、バンドのサウンドに大きな貢献をしているからね。そして、僕はただ彼らの演奏が好きなんだ。僕が明らかに影響を受けているのはその二人だね。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=cJRP3LRcUFg

 

https://www.youtube.com/watch?v=C906lbkcYug

 

https://www.youtube.com/watch?v=siO6dkqidc4

 

https://www.youtube.com/watch?v=3GhoWZ5qTwI

 

https://www.youtube.com/watch?v=w12qmzz_YJc

 

https://www.youtube.com/watch?v=QTqFdaVGRew

 

https://www.youtube.com/watch?v=Rj1fXMo0GKw

 

https://www.youtube.com/watch?v=GvGFr6x_FJg

 

https://www.youtube.com/watch?v=TQiA4ntnPi8

 

https://www.youtube.com/watch?v=eOOj_dslOEs

 

https://www.youtube.com/watch?v=wMykYSQaG_c

 

https://www.youtube.com/watch?v=XbOx8TyvUmI