誘惑 | 怪奇な僻地

怪奇な僻地

川谷圭による二次創作小説中心のブログです。

Attention!! まごむつ
 
 初めて体感する夏の暑さに、孫六はすっかり参っている様子だった。
 だから、少しでも暑さがましになるように、普段下ろしている髪を纏めて結い上げた。
 ただそれだけで、他意はない。少なくとも、その時は。

「すまんが、今日も髪を結ってくれないか? 自分でやろうとすると、どうにも上手くいかなくてな」

 確かに、自分で髪を結ぶのは存外難しい。
 全部纏めたつもりでも幾筋かを取り逃し、それらを回収しようとすると他の髪が束から離れていく。
 そうして彼が苦戦する様子は、己の経験から容易に想像することが出来た。
 だから、頷いた。

「前と同じ結い方でえいがか?」
「ああ、任せる」
「ほにほに」

 肩を優に超える濡れ羽色の髪を一つに束ね、そのまま捩じって大きな団子にする。
 簪一本で髪を纏める方法は、昔、坂本の蔵で他の付喪神たちから教わった。
(まさか、今になって役に立つとはの)
 そこで、うなじを見下ろした。
 ちゃんと髪が纏まっているかどうか、確認の為だ。

 ――目の前に、無防備なうなじが晒されていた。

 普段は髪によって隠され、守られている急所のひとつ。
 その緩やかな曲線を、じわりと滲んだ汗がねっとりと舐っていく。

「――そんなに見詰められると、穴が開きそうだ」
「っ……!」
「ついでに、このままお前さんの方から誘ってくれると嬉しいんだが?」 

 そんな軽口を告げる彼は、こちらがそんなことをする筈がないと思っているのだろう。
 ――確かに、普段の自分には無理だ。
 どうしても気恥ずかしさが先に立つ。

(けんど、今は)

 夏の暑さを言い訳に『らしくない』ことをしても、許されるだろうか?

「なぁんて、」

 ほんの一瞬、むき出しのうなじに唇で触れる。
 更に、駄目押しで後ろから身を乗り出し、相手の耳元で「兼元」と名前を呼んでみた。


 ――正直な所、余り自信は無かった。
 が、結果は上々。
 むしろ上手くいき過ぎというか、その後の予定に影響が出てしまったので、使い所はもっとしっかり考えようと思う。

 《終わり》
煽り合い