吾輩はゴリアテである。
誇り高き夜桜家の番犬として、驕ることなく精進を重ね、主人たる当主とこの家を守って来た。
――そう、守っているつもりだった。
しかし、現実はどうだ。
おめおめと主人を連れ去られ、その行方を辿り主人を見つけ出すことも出来なかった。これでは番犬失格である。
なんたる無様。なんという体たらく。
幸い、主人は五体満足で帰還した。しかし、今も見えぬ影に怯えて自室から出ることが叶わずにいる。(彼の変態――もとい凶一郎にとっては好都合かもしれないが)
そして、吾輩が思い煩うことは他にもある。
「ゴリアテ、散歩の時間よ」
――これだ。
こやつは吾輩の主人ではない。主人に変装した主人の兄弟である。
主人ににおいを似せているが、吾輩の鼻は誤魔化せない。そしてこやつは、吾輩が主人でないことを見破っていると理解した上で、あくまでも主人であるかのように振る舞うのだ。
『あーあ、バレちゃったかぁ――でも、暫く散歩の付き添いは俺で我慢してよ』
吾輩の散歩は、吾輩の主人である夜桜家当主が行うものと決まっている。
そしてそれは、夜桜を狙う命知らず共への牽制行為でもあった。
しかし、その主人は今、部屋からほとんど出て来ない。夜桜家の敷地の外を出歩くなど、とてもではないが出来る状態ではないのだろう。
――それに、吾輩とて冷血無血の悪鬼ではないのだ。
主人に対して程ではないが、同じ夜桜に生きるものとして、夜桜に生まれた者たちに対する情はある。
「――これで良し。それじゃあ、行きましょうか」
〈ガゥ〉
同じ主人を守る同士として、吾輩も自分の為すべきことを為そう。
《終わり》
あるいは敬意