偽名の由来 | 怪奇な僻地

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川谷圭による二次創作小説中心のブログです。

 先日、笹貫は初めて遠征先での諜報役を任された。
 が、流石に単独ではない。指南役として、陸奥守が笹貫の傍についていた。
 陸奥守は、この本丸で六番目に顕現した古参の一振りである。他者の話を聞くことも、話題を膨らませて必要な情報を引き出す術にも長けており、学ぶことが多かった。
 さて。
 そんな陸奥守は、諜報活動の際に偽名を使っている。
「ここにおる間、わしのことは伝吉(でんきち)と呼んどうせ」
「デンキチだね、りょーかい。俺も他の名前を使った方がいいかな?」
「ほうじゃのう……おんし、何ぞ希望はあるかえ?」
「んー、流石にすぐには思いつかないなぁ――ちなみに陸奥守は、何で『デンキチ』なんだい?」

 *

「『伝 陸奥守吉行』からとったんだって」
「……」
「分かる。多分、俺もあの時そんな顔してた」
 本日、笹貫は内番の手合わせが当たった。相手は陸奥守の同郷刀・肥前忠広である。
 ぐっと眉間に皺を刻んで唇を引き結ぶ肥前を前に、笹貫は強く頷く。
 後で知った話だが、釧路で焼けた陸奥守は、特徴的な刃紋をほぼ失い、長らく真贋が定まらなかったらしい。
 つまり『伝』とは、『おそらく坂本龍馬の佩刀・陸奥守吉行だろう。そう伝わっている』という意味なのである。
(それを堂々と偽名に使うとか、神経図太過ぎでしょ)
 あるいは、本刃がその事実を重く受け止めているからこそなのかもしれないが……どちらにしろ、弱い精神力で出来ることではないだろう。
(俺はどうするかなぁ)
 結局、笹貫はまだ偽名を決めていない。先日は取り敢えず『陸奥守の商売を手伝う見習い』という設定を使い「見習い」と呼ばれていた。
(笹貫、笹、ぱんだ、くま……いっそ熊吉とか?)

 ――ちなみに、陸奥守はその後、肥前に後頭部を叩かれたらしい。

 《終わり》
叩いた後の説明はなかった