諸田玲子さんの清水次郎長一家三部作の一つで、他は大政を書いた「笠雲」、小政を書いた「空っ風」。
本書は次郎長の二番目の妻を描いた。次郎長は妾は取らない主義で全て本妻にしたのだが名前はすへて初代のお蝶を名乗らせた。本書の主人公は二代目お蝶だが、元は甲州の侠客で武居一家の親分で吃安(どもやす)と呼ばれた武居安五郎の娘でお冴えだ。お冴は吃安が江戸から連れてきたお重に産ませた子だ。吃安には女房がいたが女房の目を盗んでしょっちゅうお冴えに会いにいき、目に入れても痛くないほど溺愛した。そのせいで幼少期から冴えは、我儘で気の強い女になっていく。14歳のときに武居一家の、後に黒駒の勝蔵と呼ばれる勝蔵に会い、惚れる。その想いはまさに一途だが、勝蔵は裕福な名主の家に生まれ、悪賢いがどこか人好きのする19歳で、お冴にたいしてもその気があるようなないような態度だ。そんな二人がある時、結ばれるが侠客の世界の抗争で勝蔵は甲州を離れて行く。
勝蔵への想いは募るばかりの冴えに勝蔵は何かと自分のために動けと次々とお冴えに要求を出してくる。一方、武井一家は敵対勢力の謀にはまり父安五郎は捕吏に捕らえられそこで殺され武居一家はばらばらになる。冴えは父の仇討ちと一家の再興を勝蔵に託していく。それで勝蔵の無理難題を受けて壺振りをして資金提供など必死に勝蔵の要求に応えていっているうちに、結局は勝蔵にとっての宿敵清水次郎長の嫁になれと言われ悩むが二代目お蝶となる。
二代目お蝶で一家をまとめながらも勝蔵への未練で揺れていたが、次郎長の懐の大きさにほだされたり、また勝蔵が喰いはぐれ仇討ちどころか、山賊のような暮らしをしていることも伝わってくる。そんなときお蝶が武居安五郎の娘で勝蔵とできていたことが次郎長一家にばれてしまう。ここらの女性の想い・覚悟、男(次郎長)の心の中の格闘は諸田さんならではの筆力で読ませる。
時代は幕末、ついに大政奉還が行われ新政府や官軍は毒は毒を持って制すと当時の乱れ切った治安に対して各地で侠客たちを体制内に入れた。次郎長は帯刀を許され市中取締役に任ぜられ、一方の勝蔵は京まで流れついたときに官軍に拾われ赤報隊(のちの徴兵七番隊)の一員で名前も池田勝馬と改名していた。その徴兵七番隊が京から江戸へ上ることになり、勝蔵を黙って清水を通らせるかと次郎長一家が構える。それは誰もが知ることで大騒ぎになり、なおも勝蔵からお蝶になんとかして欲しいとの伝言が届く。もう仇討ちもできない勝蔵への想いはないと断ったお蝶だが・・・。海道(東海道を略してこういうらしい)を揺さぶるこの一大事にこの物語の最終章が描かれる。ここもラストに向けて基本的にはわかる範囲では史実に基づきながら、どきどきしながら読んでいくことになる。
一方で次郎長も乱暴だが多くの子分(乾分と書くのが正しいらしいが)に慕われ何か魅力的な人だったことも書かれている。有名な咸臨丸事件(維新の騒ぎの時に咸臨丸が清水港に入り官軍に悉く惨殺されるが、仏様に官軍もへったくれもないと全ての遺体を鄭重に埋葬した)や英語塾を開いたり富士の麓の開墾事業などにのりだすなど事業家になるなども含めて面白いなと思う。(今では大きな声で言えないが侠客から事業家になり今や大会社というのも実は結構ある)
日本人はなぜ戦後長い間、国定忠治や次郎長、大政小政、一本刀土俵入りなどやくざなものが浪曲、芝居、映画で人気になってたのか、このこと自体多くの人が書いているが、本当はよくわからないみたいだ。諸田玲子さんは次郎長の姪っ子(兄の娘)お満(ま)つとつながる人で彼女の祖母の祖母にあたるらしい。やくざなことを家族が言えなくて20歳過ぎまで知らなかったという。
女性の一生を描く女性作家はもちろん多いが、彼女が描く女はドロップアウトした女が多いように思う。そんな人たちのなかにむしろ何かがあると思わせてくれるところが諸田玲子さんではないかという気がする。