映画「思秋期」 人生の深さに圧倒される | 昼は会計、夜は「お会計!」

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先日、飯田橋ギンレイホールで映画を観た。
2011年イギリス映画で、サンダンス映画祭W受賞、英国アカデミー賞新人作品賞など様々な映画賞を受賞し、大変注目されながら日本では昨年公開された。脚本・監督が元俳優のパディイ・コンシダイン。
物語は、失業中で妻にも先立たれ飲んだくれで乱暴なジョセフ(ピーター・ミュラン)は、切れやすく怒りの感情を抑えきれず酒を飲んでは周囲に因縁をつけては大暴れを繰り返す。ある日、いつものようにいざこざを起こし、失意のどん底で駆け込んだチャリティ・ショップ。ジョセフは、その店で働く女性ハンナ(オリヴィア・コールマン)と出会う。明るく聡明な彼女の存在は自暴自棄なジョセフを癒し、やがて心を打ち溶かしていく。しかし、ハンナもまた人知れずある闇を抱えていた。それは、2人の人生に衝撃をもたらす事件へと発展する・・・。
「なんども人生に傷ついて、それでもまた人生に救われる」というのが宣伝文句。しかしそれ以上に激しく観たものの魂を揺さぶるものがある。それは、ストーリーがイギリスのブルーワーカー(敢えていうと差別が激しいイギリス社会では労働者階級だ)が妻に先立たれ失業するなんて普通のこと、その普通の人たちが傷つけられながら、自暴自棄になりながらも何によって癒され救われて行くか、そして新たの人生を歩くことができるということが、衝撃的な結末を含めて、圧倒的な訴求力で、迫ってくる。
脚本は自身の父親のことを下地にしているということだけど、イギリス社会の典型的な労働者階級が住む街、上流階級が住む住宅街などを自然の流れのなかで鮮明に背景にして、労働者の貧困や一見エリートそうに見える夫婦にあるDVなど現代社会のひずみを、そして現実には形骸化した宗教への皮肉も交えながらも、たとえ「思秋期」にあっても再び人生を見つけて行くことができることを教えてくれる。かなり激しい衝撃や刺激的な暴力などもあるが、不思議と観終わったあとに、静かに湧き上がるような暖かさを感じる映画だった。つまり見応えがあるともいえる。日本映画の「砂の器」(1974年松本清張原作、脚本・橋本忍、山田洋次、監督・野村芳太郎、加藤剛、島田陽子ら)を観終わった時と似たようなどっしりとした重厚感を感じた。観終わってしばらく人生など考えてしまった。
いくつかのエピソードの入れ方など脚本も良かった。冒頭、酒場で暴れ放り出され、その腹いせに愛犬を蹴り飛ばし、死亡させてしまう。それへの対応や唯一、心優しく接するのは近所で母親からも見捨てられている少年だが、その少年が傷ついた時に、ジョセフが猛烈な行動に出る。その辺に彼が持っている本質的には優しい人間なんだという伏線を上手にいれてある。また主演の二人も抜群の演技力に加え脇役も子役を含めて憎いほどの演技。イギリス映画ってこうだったっけと感じるほどだ。
そして見逃せないのは全編貫く音楽。70年代の、アコースティックなサウンドが映画をより印象深いものにする。印象的だったのはジョセフの仲間で末期の病だが娘に見放されていた友が、死期が迫ってきた頃、ジョセフは天国にいけるよう牧師を手配してやる。そして亡くなった時に昔の仲間が集まって来て、ギターで歌い出す、娘もジョセフやみんなに感謝する。その時の歌がイギリスフォークらしい歌をみんなで歌い、踊って行く。このシーンに、良かったなっていう雰囲気が流れるのだが、私はなぜかNHK福岡が制作し全国放送を二回もした忽那詩織主演ドラマ「見知らぬわが町」のシーンとダフらせた。昔は炭鉱で栄えた福岡県大牟田市が舞台で、元炭鉱労働者の祖父が、昔の仲間が淋しく亡くなった時に狭い部屋の形ばかりの葬儀に参加した。思い出話から誰からともなく当時の炭鉱労働者に歌い継がれていた「炭掘る仲間」を歌い始めてた。思わず私はボロボロと涙がで続けた泣いた。それは私も若い頃、青年運動のなかで教わり炭鉱労働者へ思いを馳せながら歌った歌だったのだ。
イギリスの労働者も仲間をあの世へ送る時に、まったく同じような状況で歌うシーンは、それまで父に反発していた娘の笑顔とともに何とも言えず感動した。

さて衝撃的なヤマ場はネタバレしたらいけないので紹介しないが、眈々と映像にナレーションを加えながらの語りは、やはりこの脚本・監督の思想というか良心を感じさせ、先に述べたような感想へとつながる。
因みに原題名は「ティラノサウルス」で、それをまったく無視して「思秋期」としたことが、味噌。理由は観てのお楽しみ。映画って本当にいいな、すごいなって思わせる映画だ。