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ご主人が、亡くなりました。
“利用者さん”としての付き合いはまだ日が浅くとも、“ご家族さん”としてはとても長く、そして深い付き合いだった鴨川さんのご主人が。
利用者さんの半数とは、残念ながら会話もままならない介護施設。そんな中で、ちゃんとスタッフひとりひとりの名前を呼び、いつもにこやかに会話をしてくれる鴨川さんのご主人は、我々スタッフにとっては特別な存在でした。ずっとただの“ご家族さん”だったとは言え。
入院からの施設入居。どう見ても具合は良くなかったので、少し覚悟はしていたのですが、驚きの夫婦入居実現からこんなにも早く、亡くなってしまうとは、思いもしていませんでした。
容体が急変して、病院に緊急搬送されてからの、病院での他界。夜間だった為、私も不在な状態で、奥様に見送られることもなくご主人は搬送されました。
そしてそのまま、息子さんが駆け付けるのも待たずして旅立たれたそうです。どうせなら、施設で、奥様と一緒に看取って差し上げたかった……。
しかし、そんな私の想いとは裏腹に、ご主人の御葬儀は、奥様を抜きにして行われました。
奥様は、脳血管性認知症。ご主人の死がおそらく理解できない上、混乱させても可哀想だし周りに迷惑。それに車椅子ではいろいろと介助が大変……という息子さんの判断です。
私は、私がボランティアで1日付き添ってでも、なんとか奥様にも参列させてあげたかったのですが、息子さんのご意向に背くこともできず、諦めて、私だけ御葬儀に参列しました。
次の日。
たまたま作ることができた空き時間を使って、奥様と近所のお散歩に出掛けました。何度も回った、きっとご主人とも回った、いつもの散歩コース。
途中に小さいお寺があるんです。私は奥様を境内にお連れしました。
これは、私個人の、単なるエゴなのかもしれません。ただのいち介護士が、出過ぎたまねだとも思います。
でも、多分、息子さん含め、誰も奥様に、ご主人のことをお伝えしていなくて。
私は、伝えたかったんです。だって、何年も何年も連れ添ったご夫婦なんですから。
たとえ認知症で理解できなくても、たとえ伝えたことで混乱して取り乱すようなことがあったとしても、知る権利はあるじゃないですか。奥様なんだもん!
誰もいない静かな境内。小さな本堂の前で、私は奥様にそれを伝えました。
「鴨川さん。あのね、ご主人が、亡くなったんです。ちゃんと天国に行けるように、お参りしましょうか。」
……車椅子に座って、いつも通りの無表情。ほんの少しだけ、目の奥に動揺が走ったような気がしたのは、単なる私の気のせいでしょうか。奥様は無言でした。
2人で本堂に向かい、手を合わせました。
私は、手を合わせながら、涙を止めることができませんでした。ご主人の死も、それを理解することができない奥様も、悲しすぎて、切なすぎて……。
『あんた、どうしたの?
そんなに泣いて!』
そんな時です。普段ほとんど発語もなく、無表情な奥様が、私を見ておろおろと手を差し伸べてくださったのは。
私は黙って、泣き笑いするしか、できませんでした……。