「老人ホームは良い所。入居は確実に“善”である。」と心から思えるようになるために。
最後に少し、我が家のお話をしたいと思います。私の祖母のお話です。
私の祖母はもう亡くなったのですが、生前、特別養護老人ホームに入居していました。認知症は全くなく、頭はしっかりしすぎなほどにしっかりとしていましたが、転倒をきっかけに半身麻痺になり、他にも疾患があったことで、結果寝たきりに。
性格はあまり社交的ではなく、気難しい性格。サイコパス的な部分もあって、赤の他人との共同生活など決して向いているタイプではなかった為、かなり粘って私の母が、パートで働く傍ら、在宅介護をしていました。
しかし、やっぱり、母と祖母のケンカも多かったようで。
当時私は介護とは全く違う業種でとても忙しく働いており、恥ずかしながら全く、介護の手伝いもしていませんでした。家にはただ寝に帰っているような生活で、あまり母とゆっくり会話をする暇もなかったのですが、後から思えば、当時の母はとてもイライラとしていて、理由は話さずとも、私に当たることもありました。
介護に理解のない当時のバカな私は察することもできず、結果、私と母の関係もこじれていきました。
家庭、崩壊。
その後家を出た私は、どのような流れで特養入居を決めたのか、実は良く知りません。
ただ、特養に入った後に起こった、私が知っている事実。
・祖母も母も私も誰もイライラしなくなり、それぞれの関係を修復することができました。
・家ではただ寝たきりだった祖母の運動量が増えたことにより、食事量も増え、精神的にも向上。全体的になんだか元気になりました!(在宅中、廃用症候群になっていたのかもしれません)
・気難しかった祖母の表情が穏やかになり、言葉数が増え、面会に行った時も、皆にこやかに過ごすことができるようになりました(実は私も元々祖母とは仲が悪かった)。
・気難しさからあまり他人と良い人間関係を築けなかった祖母でも、介護スタッフと仲良くなれたようで、とても嬉しそうにその話をしていました。スタッフの愚痴を聞くという“役割”を得たようで、それが祖母に活気を与えた様です。
・「人生の最期に、本当に良い所に入れてくれた。本当に感謝するわ。ありがとう。」 事あるごとに、祖母はそう口にしていました。普段、ありがとうなんてあまり言わない人だったのに。
そしていよいよ最期の時。家族みんなで、その特養の一室で、その瞬間を看取りました。
実は私、元々祖母のことは大嫌いだったのですが、そんなわだかまりも一切なく。母と祖母も元々仲良くなかったのですが、そんなわだかまりも一切なく。
徐々に呼吸状態が変化する祖母を、穏やかな顔でベッド脇で見守り、そしてついにその呼吸が止まった時、家族みんなで、笑いながら、泣きました。
本当に、良い最期でした。
もしかしたら、こんなに全てが上手く運ぶことは、珍しいケースなのかもしれません。ただ、この特養に入居していなければ、本人を含む家族全員、こんなに穏やかな気持ちで最期を迎えられることはなかったでしょう。
これが、我が家に起きた事実。そしてこの特養は、とりわけ評判が良いわけでもない、ごく普通の特養だったということ。それもまた、事実です。
「老人ホームは良い所。
入居は確実に“善”だった。」
それが、我が家で出た、結果でした。