前回我が家の祖母の施設入居についてお話させて頂きました。あれから約20年。今現在、私の母は、まだまだ元気です。

 

 でも、既に母とはとっくの昔から話をしています。もし母が要介護状態になって手に負えなくなったら、施設入居をさせると。

 

「ええよ。私もその方がずっっとええわ。」

 

 

 

 

 私の母は、祖母ほど難しいタイプの人間ではないものの、あまり外に出るのが好きというわけでもなく、一人を好むタイプ。正直私自身もそうなのですが、共同生活というものは好きではありません。

 

 それではなぜ、「施設入居の方がずっと良い」と言うのか。

 それは言うまでもなく、私たち家族に対する気遣いでしょうね。そして、迷惑を掛けるくらいなら、少しくらい自分が我慢した方がずっと良いという気持ち。

 

「家族に迷惑を掛けたくない。重荷になりたくない。」

それはおそらく、多くの高齢者が持っている気持ちだと思います。

 

 でも、その割に、施設に入居するか否かで揉める、もしくは怖くて本人に聞くことすらできない家庭が多いという現実。

 

 

 

 

 思うのですが、皆、聞くのが遅い から困ることになるのではないですか?

 

 例えば、認知症に罹った方がなりやすい状態とは。理解力や判断力が低下すること。他人の意見を聞かず、自分勝手な行動をするようになること。

 

……そうなってから聞いたら、そりゃあ揉めるでしょうに。。。

 

 

 

 

 我が家の場合、祖母の成功例のお陰、というのも大きいのかもしれませんが、なんの苦労もいざこざもなく、既に母の意思確認ができています。

 そのお陰で、この先仮に母が認知症でひどい状態になったとしても、私は罪悪感を抱えることなく、躊躇せずに施設入居を手配できるでしょう。

 

 いざ認知症になってしまって施設入居が差し迫った時、もしかしたら母の言うことが変わって、「そんなところ絶対に行きたくない!」と反発するかもしれません。

 でも私は、なんの迷いもなく、しっかりしていた頃の母の言葉に従うでしょうね。正直、その方が自分にも都合が良いですし。

 

ずるいですか?

 

 多少ずるくたって良いじゃないですか。自身の身を守ることを最優先にすることは、全く悪いことではありません

 それに、「私は以前に母の言質をとっている」という“事実”がある以上、自身の判断に自信を持つことができ、他人に何か言われても、説明することができますから。

 

 

 

 

 ちなみに母とは、延命治療についてや、葬儀について、そしてお墓の話までも既にしています。もちろん、そこまで真剣に深刻に話をしたわけではありませんが。

 

 「もし、私が先に死ぬようなことがあったらこうしてね!ところでお母さんなら、どうして欲しい?」

 

 あくまで、日常会話の中で。どちらかと言えば死への距離が近い母に、不安や不信感などを極力抱かせないよう、ドラマの話などを起点に、まず「自分ならこうだわ」と言ってから。

 

 本当なら真剣に向かい合って話をした方が良いのかもしれないとは思いますが、それは実際ちょっと難しい。でも、日常会話の中にこそ本音が表れることもあるでしょう。

 

 

 

 

 本当に、大事だと思うんですよ。そういうの。人間、いつ何時、何が起こるかわかりませんから。

 

いざと言う時に困らないよう。

そして、いざと言う時の自分の判断によって、罪悪感に苛まれないで済むよう。

 

このご時世、特に、です。

 

 

まだの方、是非。

きっとまだ遅くありません。是非。

それが絶対、お互いのためなんですから。