今日も「だまされていた脳」を解放して

「セルフセラピー」しちゃいましょう。

 

 

例えばあなたが介護をしているのは

「家族だからあたりまえ?」

 

あなた自身、そう考えていますか?

あなたの周囲もそういう目で見てますか?

 

「家族だから」とか「娘だから」

「~~だからやってあたりまえ」みたいな響き

あんまり嬉しくないですね。義務感に感じるね。

 

 

「家族だから介護する」というのも、

自分の脳を括ってますね。

 

親戚縁者が多くって、家族意識も強くって、

あたりまえのように「あなたが看るのが当然」

という空気に、押しつぶされている気はしませんか?

 

 

親戚のおばさんが

「あんたはいい学校も出してもらったんだし」

なんて、余計なこと言ったりしませんか?

 

 

どうにも「何も言えない悔しさ」と

「家族だからという義務感じゃなくって

本当に親が好きだから看てるの!」って

言いたい気持ちもあるけれど、

やっぱり「それでも好き!」とは

とうてい思えないような事態も起きる介護。。。。

 

そう言ってしまったら

「いい子ぶりっ子」なんじゃないかって

考えてしまう気持ちもあって

とっても落ち込んでしまいます。

 

 

「家族だから面倒を看る」のではなくて、

なんと「言い換え」たらいいのかしらって

言い換えで解決できるかな。

 

そう、「家族だから当然」のように言われた時に

カチンとくるのは、「感情というセンサー」が

作動してますよね?

 

 

「~~なんだから」ということばに

反応してるのはなぜかしら。

 

それで思い出したのが、

まだ3歳のころに弟が生まれて、

まだお母さんの膝が恋しいのに

「お姉ちゃんなんだから!」って

ことあるごとに言われて我慢してきたこと。

 

「お姉ちゃん」であるだけで、

そう言われ続けたことに「どうして?」って

ことばを飲み込み、我慢してたことに気づいたの。

 

おとなは理屈抜きに気楽に言ってても

子どもの心って、「どうして?」が言えなくて

哀しい思いをしてるんだよね。

 

幸い、弟とは仲良しだけど、

押さえ込まれた哀しみは、

どこかで出口を探してます。

 

 

だから、イメージの中で昔のお母さんに

お姉ちゃん「だから」じゃなくて、

「弟はまだ小さいから」に言い換えてね、と

セルフトークしたんです。

 

そして「3歳の私は哀しかったよ」

とも言えたんです。

 

 

そしたら・・・

親戚のおばさんに「おばさん、私の介護は

『家族だから当然』なんじゃなくてお母さんが大事なの!」って

言えちゃって、すっきりでしたよ!