中嶋 司 の略歴
介護請負人の、中嶋 司といいます。
介護請負人は、レビー小体型認知症の母と二人暮らしの、昭和25年生まれ。母は大正13年生まれ。愛知県名古屋市に住んでいます。
介護請負人の50歳くらいまでは、人生の略歴を記そうにも、何もないくらいの平凡な生活でした。 母が一人では出来ないことが多くなり介護生活が始まり、生活が一変しました。
母がおかしいと気づいたのは、2000年ごろでした。持病の糖尿病を診てもらっていた病院で診てもらったら、うつ病でしょうとのこと。いろいろ調べてうつ病ではないだろうとの思いから、二、三の病院で診察してもらいました。
今母が通っている国立長寿医療センター(リンクは右サイドバーに掲載)で、レビー小体型認知症と診断されました。
レビー小体型認知症の母の看護に明け暮れ閉じこもり生活だった母と子。悪いパターンの生活でした。
介護保険を真剣に検討し利用するようになってから、少しずつ社会とのかかわりもでき、母も元気になっていきました。
今在宅で介護できるのも、介護保険のおかげです。母がおかしくなるのと同じくらいに介護保険がスタートしたのは、母子ともども大変な幸運だったと思います。
閉じこもりになりがちな介護生活ですが、閉じこもりこそが一番の大敵だと思います。散歩に連れ出すようになって、笑顔が出てきて元気になってきた母をみてそう思います。
介護保険で利用しているデイサービス(週1回)などは、多くの利用者と同じで最初は嫌がっていました。家に帰ってきて「おしゃべりをするの、たのしいね」こんなせりふを、デイサービスからの帰りに、言うようになりました。
元気になっていく母をみて思います。閉じこもりはいかんなと。
介護生活は介護者とされる者との二人三脚です。介護される人の状態が少しでもよくなれば、介護が楽しくなります。そのためにも介護保険の利用など多くの人の助けを借りましょう。
介護の心得はと聞かれたら「気楽に、楽しく、笑顔で!」
介護請負人に何かお聞きになりたいことがあれば、メールしてくださいませ。すぐにお返事します。
toudaimori あっとまーく gmail.com まで あっとまーくは、@ に変えてくださいませ。
介護者が元気になれば、介護される者も元気になります。
介護の妙薬は愛情が一番かもしれません。そう信じてこれからも母の介護をしていくつもりです。
多くの人が安全に明るく笑顔で暮らせる社会。その実現が介護請負人の夢です。
介護請負人の心が疲れた時読む本です。
「魂の伴侶」 ブライアン・L・ワイス 著
この中からいつ読んでも、癒されるところをご紹介します。
(ここから)
小さい時からずっと、彼女が手をベット横から下にたらすと、誰かの手が、とてもやさしく、彼女の手をにぎってくれたものだった。どんなに不安に感じていても、その手の感触は彼女を安心させてくれた。たまたま偶然に、手がベットの脇の出て、その手をぎゅっとにぎられると、彼女はびっくりして、思わず手をひっこめてしまうこともあった。すると、にぎりしめた手も離れてしまうのだった。
どんな時に手をのばせばなぐさめれれるのか、彼女にはよくわかっていた。もちろん、ベットの下に誰かいるわけではなかった。彼女が成長して大きくなっても、その手はいつもそこにあった。結婚しても、彼女はこのことを夫に話したことはなかった。あまりにも子供っぽい話に思えたからだ。
最初の子供を身ごもった時、この手は姿を消してしまった。彼女はこのやさしくて、親切な友達がいなくなってしまって、とても悲しかった。この友達のように、やさしく手を握ってくれる人は、他にいなかったからだった。
赤ちゃんが生まれた。愛らしい女の子だった。生まれてすぐ、二人がベットで寝ていると、赤ちゃんが彼女の手をにぎった。その時、急にあのなつかしい感覚が、彼女の心と体に力強くよみがえってきた。
彼女の守護天使が戻ってきたのだった。彼女は感動のあまり、至福の思いの中で泣いてしまった。そして、肉体を越えた永遠の愛のうねりとの深いつながりを感じたのだった。
(ここまで)
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「認知症」とはどんな病気?
↑灰田宗孝 著
目次
「認知症について」「記憶とは何か?」「認知症の診断」「認知症の分類」
「家族が認知症になったら」「自分が認知症になったら」「認知症の予防法と治療」
認知症とは「脳機能の障害により、日常生活や社会生活に支障のある状態」と説明して始まるこの本は、医学的認知症診断例が詳しく書かれています。
第三章の「認知症の診断」では、検査によく使われる改訂長谷川式簡易知能評価スケールが紹介されています。
またSPECTやPETなどの脳代謝画像も紹介されています。
母がレビー小体型認知症と診断された時、SPECTで脳の画像診断していただきました。母の脳の萎縮が進み血流が、少なくなっているのがよくわかりました。
第四章の「認知症の分類」では、アルツハイマー型認知症の病理の項目で、老人班と神経原生線維変化の特徴的所見の画像と説明がなされてあります。
「家族が認知症になったら」の章に、認知症患者との接し方の項目があります。
薬物以外の治療法として、脳の機能は使い続けていると保たれるのを利用して、ひとりぼっちにさせないで、会話を頻繁にするということが書かれてあります。
わたしも今までの記事で、そばに寄り添い、会話を楽しむことの大切さを書きましたが、この部分を読んで、ますます確信めいたものを感じました。
人間一人では生きられないということです。
「認知症」とはどんな病気? ←うえの記事でご紹介した本です
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痴呆を生きるということ
↑小澤 勲 著:認知症を理解する入門的名著
小澤 勲さまの本は、 認知症とは何か についで、二冊目のご紹介です。
目次
「痴呆を病む、痴呆を生きる」「痴呆を生きる姿」「痴呆を生きるこころのありか」
「痴呆を生きる不自由」「痴呆のケア」
この本で印象深いのは各章の巻頭に載せられている、認知症を病まれておられる方々のお写真です。認知症を病まれておられても、こんな表情ができるのだと知らされる印象深い写真を目にできます。
この本は認知症について書かれた本から引用されて、読者にわかりやすいように進行されています。
三章の「痴呆を生きるこころのありか」でこんな詩が紹介されています。
母を老人ホームに入れた
痴呆の老人たちの中で静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ
私がホームから帰ってしまうと
わたしが出ていった重い扉の前に
ぴったりくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた (藤川幸之助『マザー』より)
「ぼけてしまえば、本人はわからなくなるのだから幸せですよね・・」そんなことはない。痴呆を病む人たちとおつきあいしてくると、彼らの喜び、怒り、悲しみ、楽しみがはっきり見えてくる。・・・それが見えないのは、私たちが見ようとしないことである。
と書かれたあとに、上の詩が紹介されています。
この本の特徴は、認知症を病んでおられる人の心のうちをのぞく目配りの広さ、深さの必要を説いています。
心のうちをのぞくことで、良質な介護ができていくといわれていると思います。
痴呆を生きるということ ←うえの記事で、ご紹介した本です
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