・・・で
どこまで書いたのか忘れました![]()
毎日1つずつ、が毎週1つずつになり
いつの間にか、1ヶ月に1つしか書いてませんでした。
いやー早いな下半期って?
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・・・・・・・・
今年はじめのことなのに、もう随分昔のことのように。
日々、記憶が(濃厚な記憶によって)上書きされていくわけですが。
まだ頭のなかに残っている
幾人かの印象深い老人達を紹介します。
パッと見神経質そうだけど、話しかけると欠けた歯をのぞかせながら
ニコっと笑ってくれるご婦人。
小学校の先生だったとのこと。
イメージ的には数学の先生って感じでしょうか。頭よさげな雰囲気が。
ただ足は不自由で車いすに乗り、認知も少しある様子。
とある有名人兄弟が彼女の生徒だったってことで
当時の兄弟の話などを少し聞いて。
私はその人の笑顔と、顔からは想像が出来ない
低〜い低音のしびれボイスがとても好きで
すぐに彼女の名前を覚えた。
会うたびに私のことを忘れているけれど
話せば毎回ニコ〜っと私を受け入れてくれる。
以下S先生と呼ぶ。
その頃私はまだ入って2週間か3週間め
まだぜーんぜん流れが分かっていないながらも
少しその「場」には慣れて、レクの手伝いみたいなのをやっていた。
怖いおばちゃん職員がなんかよくわからない作業をしていて
内容を教わらないまま「利用者さんと一緒にいて!」と言われるから
S先生の隣に座った。
隣に座ったところで私すら「何してんの今??
」
みたいな状態なんだけど、おばちゃんの手元を見ながら
「今◎◎を▽▽にしてるみたい〜ですよ?」
「あ、ここはこっちをこう・・・みたいです」と促す。
必死に追いついてアドバイスしていたら
おばちゃんがこっちにツカツカ近づいてきて
「これはリハビリなんだからね?!」と睨む。
「・・・へ?」という顔をしたら
小声で
「アナタがやるんじゃなくて本人にやらせんのよっ」
と忌々しい顔で言い放ち、去っていった。
あー・・そうなのか。と思って手を引っ込めたら
S先生が不安げに私を見て「なんて言われたの?」と聞く。
少々むっとしていた私、
「アンタが手を出すな」って言われたんですよ。
かなり正直に答えた。![]()
するとS先生、穏やかで優しげな顔をパッとしかめて
いつもとは違うするどい声で言った。
「余計なお世話だってのよ! ねえ?」
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認知症もあり、ぼんやりしている時間も多いS先生が
急にハッキリとした口調と言いきったので、一瞬とても驚いて
その後・・・猛烈におかしくなり
「アハハハハ!ホントそうですよね!」
2人で大笑いした。
あまりに笑いすぎて、おばちゃんにまた怒られたけれど(笑)
明日になればきっと忘れてしまうだろう、こんな1場面とか
同じように感じた瞬間とか、互いを好きだと思った刹那とか
そういう一瞬ごとを、私は大事にしたいと感じた。
その後S先生は来なくなり、入院したことを知った。
2ケ月くらいたち
私がその施設を辞める直前、退院して再び施設へ。
入院後の老人というのは大抵、認知が進んでいる
病院で何をされるか、というよりは何もされないのだと思う。
放っておかれ、歩かず話さず寝たきりのような状態が長いから。
S先生も、前に比べて表情がとぼしくなり
見た目もめっきり老けてしまったのが痛々しかったけれど
私は「わあ〜S先生久しぶりですね!」と言ってかけよった。
先生はやっぱりキョトン?とした顔で見返したけれど
「私、S先生が戻ってくるのを待っていましたよ。前にも会いましたよね」
と説明したら、いつものニコ〜〜とした顔を浮かべ
「そうなの?
ほんとう。そうなのね」と優しげな笑みを浮かべた。
その後の入浴介護中も、一方的に話しかける私に
低い〜声で「フフフ」と笑っていた。それが彼女と会う最後の日となった。
今頃どうしているだろうか。施設には通っているだろうか。
S先生の中に私という存在はもう残っていないだろうけれど
会話を交わした時のこと、顔を見合わせてプッと吹き出したあの瞬間のこと
私はなかなか忘れないと思う。
その直後、意地悪だったあのおばちゃん職員は
上の人とモメて、施設にはこなくなった。