介護まめ家の冒険

岐阜県羽島市の宅老所デイサービス介護まめ家の架空の日常を綴ります。


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よっちゃんも、まめ家では古株になった。

 

もう六年半も通ってくれている。

 

利用が始まった頃は、70歳代半ばで、利用者のなかでは若い方だった。

 

精神的な弱さで混乱が極まって、まめ家の利用が始まり、すぐに普通のおばさんに戻ったので、身のこなしも、身ぎれいさも、彼女がいわゆる要介護者に見えない理由だった。

 

それでも、要介護1を認定調査のたびに維持できているのは、精神的な混乱を間近で見た家族やケアマネさんの、頑張りだろう。

 

***

 

ある朝、よっちゃんを自宅に迎えに行く。

 

玄関を出て、よっちゃんは扉の錠をかける。

 

そのカギが、カギ穴にうまく差し込めない。

 

よっちゃんのすぐ後ろでその姿を見ていた僕には、カギがまっすぐにカギ穴に差し込まれていないことが、わかる。

 

何度もカギ穴の周りでカギを滑らせては、差し込めない様子を見ながら、僕は黙って見ている。

 

見ていないふりをして、見ている。

 

そして、苛立っている自分に気がつく。

 

別に、次のお迎えの時間に遅れるという事情があるわけではない。

 

もう、カギはカギ穴に入りそうなのだから、焦る必要はない。

 

そのうち入るだろうし、入らなければ、僕が入れればいい。

 

時間なんてかかるわけがない。

 

それでも、僕は苛立っている自分に、気がついた。

 

***

 

すぐによっちゃんは、カギを差し込むことを諦め、カギ自体が間違っているのだろうかと、束になっているカギから別の物を選び、でも、いや、これは違う、とやっぱり元のカギを握り直す。

 

すぐに諦めるところが、よっちゃんの悪いところなのだ。

 

よっちゃんは、ものをなくす名人なのだが、バッグをちゃんと探せばすぐそこにあるものを、焦ってしまって、もうバッグにはそれがないという結論になってしまう。

 

探す範囲だけがやたらと広がって、いつまでたっても見つからない。

 

いやいや、ちゃんとバッグを見てみた?ほら、バッグの底にあるじゃない。

 

そんなことが、よくある。

 

カギだって、それが正しいカギかどうかを疑う前に、しっかり真っすぐ入れ直す確認をしてみたらいい。

 

それで入らないなら、カギ自体が違うということになる。

 

そもそも、いつも使っているカギなのだ。よっちゃんだって、見たら分かるのだ。

 

そういう混乱の仕方がよくある。

 

***

 

何故、カギ穴にカギが入らないのか。

 

目も悪くなったし、指先の感覚も鈍くなった。

 

姿勢が悪くなって、差し込むカギの角度が斜めになるようになった。

 

そういうことだ。

 

老化で、カギを閉める技術が落ちたのだ。

 

それに比べれば、差し込むべきカギ自体を間違うなどという段階は、もっとずっと後なのだ。

 

そんなミスを、今のよっちゃんがそうそうするわけがない。

 

そんなことは、はっきりわかっている。

 

そんな僕には、カギの角度が唯一の問題であることは、明白だ。

 

***

 

なんとか玄関の扉のカギを閉めて、「年は取りたくないわな!」と笑って誤魔化しながら、よっちゃんは、車に乗り込んだ。

 

カギが閉めにくくなるということは、よくあることだ。

 

よっちゃんも今や80歳を超えて、立派な高齢者なのだ。

 

そんなことは、特別なことではない。

 

不思議なのは、その当たり前のことに、僕が苛立っていたことだ。

 

その時思い立ったのは、「家族だったら、これは苛立つだろうな」ということだった。

 

「よっちゃん、しっかりしなよ。カギが斜めになってるじゃん。

そんなことも分からないよっちゃんじゃないでしょ。

何で気がつかないの」

 

僕は家族のような気分で、カギをかけられないよっちゃんを見ていたんだな。

 

そうだよ、よっちゃんもいい年なんだ。

 

要介護1なんだ。

 

それは、苛立つことじゃないだろう。

 

他の利用者がそうしたって、苛立つことなんかないじゃないか。

 

そう思って反省しながら、でもやっぱり釈然としない。

 

じゃあ、なんで俺は苛立ったんだろう?

 

***

 

その時、僕が発見したのは、「要介護高齢者だから仕方がない」という目でよっちゃんを見たくない自分だった。

 

そうやって割り切れば、苛立つ理由はない。

 

けれど、それは、支援する対象として、よっちゃんをみるということだ。

 

そして、そうはしたくない自分が強くいた、ということだ。

 

***

 

最近、まめ家のミーティングで、僕らは何をするためにまめ家にいるのか、というようなことを話し合った。

 

それは、僕の中では、はっきりしていた。

 

そのはっきりしていたことを、はっきりした言葉で、みんなに伝えてみた。

 

「自然に、気持ちよく、自分の力を発揮できるように、支援する」

 

ただこれだけのことをやるために、僕らはいる。

 

トイレ介助やお風呂介助などは、その手段に過ぎない。

 

目的ではない。

 

そのいかなる場面においても、「自然に、気持ちよく、自分の力を発揮できるように、支援する」

 

そのためには、誰かに差し出したその介助の手の平は、どのくらいの高さで、どのくらいに握り方で、どのくらいの引っ張り方なのか。

 

そういうことを、丁寧に考え、やっていこう。

 

***

 

ところで。

 

では、誰に「自然に、気持ちよく、自分の力を発揮できるように、支援する」のか。

 

利用者さん。

 

そりゃそうだよね。

 

でも、お年寄りにそれをするには、僕らはお年寄りに自由を保障しなければいけない。

 

でも、お年寄りにそんな支援をするなら、僕らも自由でなければいけない。

 

お年寄りだけが自由で、他の人たちが自由でない、なんてことが、あり得るわけがない。

 

僕らだけが自由で、他の人たちが自由でない、なんてことでは、僕らは自由になれるわけがない。

 

では、誰に、「自然に、気持ちよく、自分の力を発揮できるように、支援する」のか。

 

うーーーん、みんな?全人類?

 

そうだろうなぁ。いってみれば、全人類と言うしかないんじゃないかな。

 

スタッフ同士だって、同じなんだろう。

 

僕らは、お年寄りにも、僕ら自身にも、言ってみれば全人類にも、そうするしかないんじゃないかな。

 

そうしなければ、利用者に、それをすることは出来ない。

 

それは、支援する人と支援される人の境目はいつも曖昧だということじゃないだろうか。

 

自由な場において、支援だけをされている人がいるわけがない。

 

支援だけをされている人がいて、支援だけをしている人がいたとしても、されているだけに見える人は、したい人のそれを受け入れてあげることで、したい人を支援していることになっている。

 

事実、まめ家ではなっている。そんなことは、いつもかも起こっている。

 

そういう、分かり切ったことを、誤魔化さない。

 

境目の曖昧さを誤魔化さない。

 

そう言うしかないんじゃないか。

 

***

 

よっちゃんは、僕にとって一方的に支援する存在じゃない。

 

そういう存在に押し込めることは出来るだろう。

 

でもそれをしたら、自由でなくなるのは、僕自身なんだ。

 

僕が自由でいたいなら、人の自由も保証するしかない。

 

介護って、人を助けるためにやるなんて偽善じゃない。

 

自分が自由になるためにするものだ。

 

僕がよっちゃんに苛立ったその感覚は、介護職として不適切かもしれないが、人間としては、持っておいた方がいい感覚じゃないかと思うんだけど、どうだろうか。

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「春樹ゃんぷ」とは、なんぞや?

 

それは今のところ、誰にも分かっていないのかもしれない。

 

今から作っていくのかもしれない。

 

今から、関わってくれる人たちと出会って、一緒に作っていくのかもしれない。

 

とりあえず決まっていることは、来年2018年9月1日~2日に行われること。

 

場所は、茨城県のキャンプ場と、社会福祉法人紬会さんの全面的なご協力を得て特別養護老人ホーム玉樹で行われること。

 

実行委員長が、こてっちゃんこと、高橋知宏さんであること。

 

イベントに出演する人も発表にはなっているけれど、その人たちは、講演者というよりも、まず第一に「春樹ゃんぷ」の賛同者であり、イベントの詳細は、決まっていないといっていい。

 

決まっていないのではなくて、これから、賛同者を増やしながら、いろんなことをみんなで決めていくのだ。

 

僕は、実行副委員長の役を任命された。

 

***

 

僕にとって、「こてっちゃん」は大きな存在だ。

 

それは、僕がまめ家を立ち上げる時に、その道を開いてくれた先輩であるというだけではない。

 

僕がまめ家の開所準備をしていた頃、初めて参加したオムツ外し学会で、壇上に上がったこてっちゃんの話は、僕に新しい介護のヒントを授けてくれた。

 

まめ家一周年セミナーの講師を務めてくれたことが、僕がその後、多くの人と会うことができるきっかけになった。

 

そして、こてっちゃん家の活動を停止しなければならなくなった苦難を乗り越え、新しいこてっちゃんとして介護の世界にカムバックした、その姿は、やはりかつて僕に特別な刺激を与えてくれたこてっちゃんそのままだった。

 

僕は、闇雲に彼を持ち上げたいわけではない。

 

彼を「よくできたいい人」だと言いたいわけではない。

 

むしろ、人間臭い、アクの強さを持った人なのだ。

 

とっつきにくいところを持ち合わせた人なのだ。

 

そういう彼だからこそ、僕は今回、実行副委員長の役を有難くお受けすることにした。

 

***

 

こてっちゃんという人は、徒党を組めない人だ。

 

僕はそこもとても好きなところだ。

 

どこかの訳知り顔の人が、「春樹ゃんぷ」に関わる僕らを、「こてっちゃん派」などと言うとしたら、僕としては、言ってもらって構わない。

 

それは、僕が、「徒党の組めないこてっちゃんに派閥など組めるはずがない」ということがよくわかっているからだ。

 

そして、僕こそ、徒党を組めない天邪鬼なのだから。

 

そういう意味で、こてっちゃんという存在は、変なしがらみを越えて、人を結びつけることができる可能性を秘めていると思っている。

 

今のところ、実行委員会の僕らが、自分のやりたい遊びを始めたところだ。

 

だが、「春樹ゃんぷ」の方向性は、参加者を僕らの遊びに利用することではない。

 

賛同者は、「春樹ゃんぷ」で一緒に遊んでくれる仲間であり、一緒に「春樹ゃんぷ」を作っていってくれる仲間だ。

 

キイワードは、自主性、自発性。

 

誰にも頼まれていないことを、楽しいからやりたい。目いっぱい楽しみたい。

 

ただそれだけ。

 

お金がないから、グッズを薄利で売りながら、バーベキューで豚の丸焼きの費用を捻出しよう、そんなささやかな祭りをやろうじゃないか。

 

日々、こてっちゃんとの雑談から、おもろいアイデアが、次から次へと出てくる。

 

そんな遊びに、ちょっと興味を持ってください。

 

すでにFBでは、日々いろんな発信を始めています。

 

よかったら、のぞいてみてください。

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自分で考えて、だとか、思うようにやって、だとか、勝手なことを言う僕らは。

 

よくよく考えて見ると、スタッフとして新しくまめ家の入った人達がまず、やりたいことをやって、と言われて、戸惑うんじゃないか。

 

それを、同じようにお年寄りに求めたって、さ。

 

例えば、ノリさんに、料理を手伝ってもらう。

 

僕「肉じゃがを作りたいんだけど」

 

ノリさん「なら、どんな風にジャガイモを切ったらいい?」

 

僕「逆に、どうやって切るものなの?」

 

ノリさん「お年寄り向けだからってあんまり小さくても、ね」

 

僕「じゃ、ちょっと大きめ?」

 

ノリさん「これくらいがいいんじゃない?」

 

僕「うん。お願いします」

 

トントントン。

 

ノリさんが決めた。

 

僕も決めた。

 

二人で決めたなら、そう間違いはないだろう。

 

自分の食事じゃない。

 

自分のキッチンじゃない。

 

多くの人がいただくものだから、自分の感覚でやっていいものじゃない。

 

責任はそこまで負えない。

 

それが、お年寄りの普通の感覚だろう。

 

食材をむいたり切ったりは、できる。

 

けれど、それをやっていいかどうかは、また、別問題。

 

誰がやってもいいことなら、やれる。

 

誰がやっても同じ事なら、やれる。

 

私だけの特別なやり方は…責任が負えない。

 

 

 

 

ヨッちゃんは、そういう感覚、ノリさんよりずっと強い。

 

ひとり暮らしで、自分で食事を作ることは出来る。

 

けれど、まめ家で食事作りに関わるのは、荷が重い。

 

責任を感じることが、とても苦痛。

 

洗い物ならするよ。

 

洗濯物ならたたむよ。

 

庭の水やりならするよ。

 

そんなことは、誰がやっても同じことだから、私がやることにストレスがない。

 

誰でもできることならやるよ。

 

そして、それらを自主的にやっている。

 

 

 

そのヨッちゃんが、今朝、僕に言った。

 

ヨッちゃん「ちょっとそこの、赤いの、取ってんか」

 

僕「赤いの?ああ、この枕カバー」

 

ヨッちゃん「高くて手が届かんの」

 

僕「ああ、はいはい、これ」

 

ヨッちゃんは、僕の顔を見て、僕が「何に使うの?」という表情をしていることを見て取る。

 

ヨッちゃん「今日、○○さんが来るだろう?ソファーの枕、要るだろう?」

 

つまりこういうことだ。

 

○○さんは、縁側のソファーを定位置にしていて、心臓が度々しんどくなるので、その度に、横になる。

 

その時に使う枕に、カバーを付けておく必要があるでしょ?

 

もうすぐ、○○さんがまめ家に到着する時間だから。

 

 

 

枕にカバーを付けるのは、誰がやっても同じ。

 

別に難しいことじゃない。

 

ヨッちゃんにとって、ストレスのない役目だ。

 

けれど、これって、誰にでもできることなのか?

 

①○○さん用の枕が用意されていないとスタッフに教える

→誰がやっても同じ結果の仕事

 

②枕カバーを付ける

→誰がやっても同じ結果の仕事

 

③○○さんのために、ソファーの場所を開けておく

→誰がやっても同じ結果の仕事

 

どれも、誰がやってもいい仕事であり、ヨッちゃんにとって、やりやすい仕事だ。

 

だからと言って、誰にでもできる仕事とは言えない。

 

この一連の仕事を、完結するのは、結構すごいことだ。

 

ヨッちゃんは、なにも自分で決めてないかもしれない。

 

あらかじめ決まっていることに、助け舟を出したに過ぎない。

 

でも、それらを組み合わせた一連の流れは、自主的な意思に沿ったものだ。

 

これ、結構すごいことなんじゃないかって思う。

 

 

 

 

 

僕は今、セッティングということをよく考える。

 

誰かに直接何かをするのではなく、その誰かが思わず自分で何かをやってしまうような状況を、整えること。

 

ちょっとした僕の動きに、何気なく反応して、動き出す。

 

誰かの靴を揃えているところをその人に見てもらうだけで、靴を履いてさあ、ってことになる。身体が勝手に動き出す。

 

 

 

そういう目に見えるセッティングもある。

 

けれど、一番大切だと思うのは、目に見えないセッティングだ。

 

ヨッちゃんが、○○さんのことを思ってやったことは、それをやれる環境がなければできない。

 

パッと思いつくこと。

 

パッと動き出すこと。

 

思いついたことを、パッと言えること。

 

それを阻害する要因が少しでもあったら、ヨッちゃんは、そういうことを思いつくこともないかもしれない。

 

自主性とは、それが許されて当然というセッティングがあって、発揮できる。

 

それはお年寄りだけじゃない。

 

スタッフだって同じ。

 

誰だって同じ。

 

僕の仕事はますます、目に見えないものになっていると思う今日この頃。

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今夜は何故か、マイルス・デイヴィスが聴きたい。


ポップな、ラウンド・アバウト・ミッドナイトか。違う。


バグズ・グルーヴでもないし、クッキンでもない。


ビッチズ・ブリュウでもアガルタ/パンゲアでも全然ない。


わかってる、照れるな俺、あのモダンジャズ随一の大名盤、カインド・オブ・ブルーに違いないのさ。


照れちゃダメさ。


たったひとりのおばあさまもベッドに横になった。


夜勤中の事務所で、あのベースラインが滑り出す。


先週までは、おばあさん、訳のわからない打ち込み音を繰り返し繰り返し聞かされてた。


あれはね、無事、関東の北のハズレで、ちゃんと鳴ったのさ。


漏れ聞こえるオシャレなジャスで、今夜はゆっくり眠ってくれ。


いや、ジョン・コルトレーンのソロは、やっぱ暑苦しい。


まあ、いいじゃないか。


でも、何故に今夜、マイルス・デイヴィスなんだろ?不思議。

 

 

 

 

新生蜃気楼には、ユニゾンの合唱が必要だった。


サビは必ず合唱。


これは、新生蜃気楼には重要なことだった。


イメージは、「イフ・ザ・キッズ・アー・ユナイテッド」パンクの大名曲だ。


そうだ、新生蜃気楼は、パンクでなければならない。

 

数週間前に、東京での紙芝居大会で会った、はいこんちょ小林氏に、合唱隊への参加を依頼した。


快諾してくれたが、なにせセミナーの主催者だ、当日そんなことして遊んでる暇はなかろう。


この一月に、蜃気楼を長野に呼んでくださった、そり芽安藤さんと、小林氏推薦の神戸の北野さんに、合唱隊蜃気楼ギャングへの参加を依頼したのは、セミナーの数日前だった。


彼らが曲の概要を知る術は、たった一度のタツマロとコレナガのワチャワチャしたリハ音源だけ。


タツマロもまだ、曲がわかってない代物なので、ギャングの面々は、大変厄介な依頼を受けることになった。


しかも、北野さんには、タツマロもコレナガも、会ったことがない。


大変無礼な依頼を快諾してくださったアンドウ蜃気楼とキタノ蜃気楼には、とてもとても感謝する。


しかもしかも、本番当日お二人は、タツマロより曲をちゃんと覚えてきてくれたのだった。


そして、鹿沼までの道中を共にした、岐阜県のデイサービス空(くう)の伊藤君も急遽ギャング入りして、布陣は整った。

 

おかげで、蜃気楼は、SHAM69ばりの、合唱ロックになった。はず。

画像に含まれている可能性があるもの:3人、立ってる(複数の人)

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2016年5月20日夕刻。


なんとか蜃気楼は、栃木県鹿沼市の(はいこんちょ)にたどり着いた!


いやいや、蜃気楼のメンバーであるたつまろの大阪やコレナガの岐阜から物理的に遠い!という話じゃないぜ。


物理的な距離は、なにはともあれ蜃気楼を車につめこんでしまえばなんとかなる。


問題は、その蜃気楼が、形になっていなかったことだ。


でもまぁ、ギリギリ間に合った。


間に合ってなかったが、たどり着いた。

 

最後に出来上がった(呪われ島)のメロディーを、蜃気楼の歌手であるたつまろに伝えたのは、ほんの十日前。


一週間前に、たった一度、音合わせをしただけ。


頼みのベース&ドラムのカラオケがホントに出来上がったのは、鹿沼に向かう前日だった。


間に合ってない。でも、これが今の精一杯。なら、どうにか滑り込んだことにしよう。

 

この三ヶ月、新しい曲を作り詞をまとめ、アレンジを考えることだけにほぼ、時間の全てを費やして来た。仕事を後回しにして。


新生蜃気楼を形にすべく、だれにも頼まれていない、だれにも期待されていないことに、全ての時間を費やして来た。


年度末の、事務仕事のわんさか忙しいなか、週に三回の夜勤をしながら。


いったい拙者は何をしておるのだ?


そう思わないでもなかったが、いや、これがやっぱり楽しかったんだな。

 

今回、はいこんちょセミナーでは、二回のステージのチャンスを、いただいた。


その、一発目、五月二十日の夕方のはいこんちょでのステージを終えた僕に、セミナーの講師である菅原直樹さんが話しかけてきてくださった。


「ちゃんとした世界観を感じました。
ただ、オリジナル曲を書いた、というだけでなく」


表現者として活動されている菅原さんから、嬉しい言葉。


表現として、作品になっていたよ、と言ってもらえたのかしら。 


社交辞令かしら。


でも、例えたったひとりでも、そうしたことを分かってくださる聞き手がいる。


それは、とても嬉しく、翌日のセミナー会場での演奏に向かうモチベーションはグッと上がったのだった。

画像に含まれている可能性があるもの:4人、オンステージ(複数の人)、演奏(複数の人)

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でも、誕生日のお祝いって、無駄にお祝いしちゃうところ、ない?

 

形骸化しちゃうって言うか、足りないと悪い、みたいな。

 

プレゼントも、ケーキも、お花も、ってなりそうな時、あるじゃん?

 

でも、僕が担当する時は、もう最近は、あまり、何もしない。

 

誕生日の当日に、まめ家にいる人たちみんなとツーショット写真を撮って、それを大きな色紙に貼る。

 

今年の誕生日のドキュメントみたいな仕上がりになるよね。

 

それを、一日かけて、皆でつくる、みたいな。

 

 

 

 

ありきたりっちゃあ、ありきたりかもしれない。

 

でもさ、最近、誕生日ってものの、見方が変わったんだよね。

 

つまりさ、これまで、誕生日って、迎えた人をみんなでお祝いして、その人が一日主役になる日だと思っていたんだ。

 

普通、そう考えるよね?

 

でも、最近思うの。

 

お年寄りを見てて、思うの。

 

誕生日って、迎えた人が、皆にお礼を言う日だって。

 

そう気づいたんだよね。

 

皆にお礼を言って回る日なんだよ。

 

お祝いしてくれるから?

 

うーーん、そうかもしれないけど、お祝いしてもらう以前に、お礼を言う日なんだと思う。

 

何にお礼を?

 

言ってしまえば、生きているってことじゃね?

 

お互い様で、ありがとう、じゃね?

 

だから、出来たら、誕生日を迎えた人が、皆のところをまわって、写真を撮るのがいいよね。

 

ずーーっと誕生日の話ばっかになる。

 

それがいいよね。

 

それが、主役、ってことだよね。

 

「今日、私は88歳になりました。

 

今年一年もよろしくお願いします」

 

これが、誕生日じゃないかって。

 

あんまり、接待しない方がいいような気がしてきたよね。

 

誕生日だからって、どこか行くとか、なくてよくない?

 

むしろ、そういうことは、誕生日以外でやるべきで、誕生日はひたすら、お礼を言って回る。

 

皆と一緒にいる。

 

そんな気がするこの頃なんです。

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誕生日、というからには、やはり「日」なのだ。

 

特養時代には、おそらく、誕生会は「月ごと」にやっていたんじゃなかったか。

 

それは、誕生月祝いだな。

 

やはり、「その日」であることが、誕生日の一番のポイントなのではないかと思う。

 

デイサービスにおいては、必ずしもその誕生日当日が利用日だというわけではないから、誕生日の一番近い日に、その方のお祝いをするということになる。

 

 

 

まめ家のミーティングにおいて、お年寄りの誕生日企画の担当者を決める。

 

あの方のお祝いなら、誰が担当するのがいいか、それは結構簡単に決まる。

 

やはり、業務としてお祝いしてもらっても仕方がない。

 

業務として作られた食事を食べなきゃいけないのは辛いことだし、業務として介助されるお風呂には誰も入りたくない。

 

綺麗事かもしれないが、でもやっぱり、そうじゃん?

 

 

 

 

でも、投げかけられた役目を、一度「業務」に変換しないとできない人だって、いる。

 

それは、想いが足りないのではない。

 

そういうやり方でないと、うまく出来るかという不安ばかりが先に立つ、そういう人だっている。

 

 

 

 

あるおばあさんの誕生日が近づいていた。

 

誕生日祝いに企画を任されたスタッフは、少し遠出をしようと考えた。

 

三重県にある「なばなの里」という、花が咲き乱れる有名なテーマパークだ。

 

そのおばあさんは、今年になって、転倒事故などがあって随分弱っていた。

 

体だけでなく、認知症が明らかに深まった。

 

そういう時だったので、そのおばあさんには少しハードルが高い企画に思えた。

 

しかも、誕生日の直前になって、おばあさんの家族全員がインフルエンザにかかり、大事をとってデイサービスを欠席したが、その直後やはりおばあさんにも感染して、結局十日くらい休むことになってしまった。

 

誕生日は過ぎてしまった。

 

家族の介護疲れが顕著で、利用日でない日にデイの再開をすすめ、久しぶりに会ったおばあさんは、やはりさらに弱っていた。

 

すぐに遠出というわけにもいかない。

 

インフルエンザは完治したとはいえ、体と精神面の調子に波が大きくあった。

 

デイが再開して十日たち、そのスタッフは、できたら明日、決行したい、と言った。

 

僕は、「体調が許すなら、行ってもいいと思う」と答えたのだが、本当のところは、9割方、無理ではないかと思った。

 

当日の朝、おばあさんをお迎えに行った別のスタッフが、「とても行ける状態じゃないですよ」と言った。

 

僕は、その語気を強さの意味はよく分かった。

 

「バイタルは問題ないですよ」と、企画担当スタッフが言ったからだ。

 

 

 

 

 

僕は、立場もあって、なるべく「○○するな」とか「できない」とか言いたくないんである。

 

その人が気持ちをもってやろうとしていることに対して、例え間違ったところがあっても、その気持ちをまず大事にすべきと考えるし、その気持ちが一番大事、正解不正解よりも、と思うので、その担当スタッフに対しても、そのおばあさんに何かしてあげたいと思う気持ちに水を差したくなかった。

 

「○○するな」は強い命令になってしまって、言われた人は、後々まで、何をやるにも躊躇してしまうんじゃないかと危惧する。

 

躊躇しないことがとても大事だと思うから。

 

けれど、そういう曖昧な態度が悪い方に転ぶことも、やっぱりある。

 

結局後になって、あれはまずかった、それはもっとよくできた、そういう話にならざるを得ない時がある。

 

残念ながら、今回がそうだった。

 

初めから最後まで、いいことろがなかった。

 

 

 

 

ミーティングで、このことを話し合った。

 

今回の企画の一番の問題点は、他のスタッフがこの企画に「乗れなかった」ことだ。

 

そもそも、何故、なばなの里、なの?

 

「楽しいところに連れて行ってあげたかった」

 

なばなの里でなくても、楽しそうなところなら、どこでもよかったってこと・・・?

 

何故、おばあさんの状態が明らかに変わっていっているのに、計画に変更がなかったの?

 

その当日になっても、おばあさんがいつまめ家を出発して、どんなお昼ご飯を食べて、何時くらいに帰るか、そういうインフォメーションをみんなに伝えなかったの?

 

それで、ハードルの高い外出が、出来ると思ってたの?

 

 

 

 

 

難しいのは、そのスタッフを責めてしまうことにならないようにすることだ。

 

今後、みんなが企画を立てる時の参考のために、チェックすべきことを明らかにしよう。

 

そういうしかない。

 

 

 

何が、みんなに伝わらなかったのか。

 

それは、「楽しそうなこと」を与えておけば、お年寄りは喜ぶだろうという、その人間観なんだな。

 

その乱暴さ、温かみのなさに、乗れなかったんだろうね。

 

頑張ってやろうとするそのスタッフをみんな見守りたかった。

 

けれど、現状をシリアスに見ていないその乱暴さ、お気楽さに、最後には「大事なおばあさんのこの状態に、何をしてくれるの!」という怒りさえ、他のスタッフは持ってしまったんだな。

 

しかも、それは、必然性のない、しかもやたらハードルの高い、なのに「ただ楽しそうな」だけの、なばなの里だから。

 

応援のしようがなかった。

 

それが本音かもしれないね。

 

 

 

 

その企画担当スタッフは、その人なりに「ちゃんとやらなきゃ」という責任感を持ってやってくれたのは、間違いない。

 

その責任感故に、「業務的」に変換しないと、不安で仕方がなかった。

 

家族にも了解をとった。

 

責任者の僕にも了解をとった。

 

けれど、初めの段階から、誰にも相談しなかった。

 

相談するということは、いいアイデアが出てくるという意味もあれば、共感を広げるという意味もある。

 

そういう、みんながいつも自然にやっていることを、しなかった。

 

きっと、自分に課せられた責任を頑張ろうとしすぎたんだろう。

 

しすぎて、大事なところだけ抜けてしまった。

 

家族の了解はとったが、本人の体調の了解には、不注意だった。

 

 

 

 

 

いつもいつも計画は綿密である必要はない。

 

行き当たりばったりで行くようないい加減さがあってもいい。

 

ただ、綿密さが求められる時には、それはちゃんとしようよ。

 

そのメリハリは、意識しようよ。

 

 

 

 

僕は、そのスタッフに、一つの例として、こんな話をした。

 

そのおばあさんが外出できるか出来ないかは置いておいて、誕生日も随分すぎちゃったから、お祝いだけでもやろうよって、僕、言ったでしょ?

 

もう明日やらないと、って、前日の夕方、スタッフが帰る直前に言ったら、みんながどう言ったか覚えてる?

 

あの方、何が好きな食べ物だっけ?

確か、飛騨の出身だったよね?

庭に朴葉の木があるくらいだもんね。

朴葉は今時期じゃないか、残念。

飛騨と言えば、そばじゃない?

鶏ちゃん、っていう料理もあるよ。

漬物ステーキって聞いたことあるね。

決め手に欠けね、どれも。ああ、いいアイデアが思い浮かばない!

とりあえず全部作っちゃおう!

明日のお料理当番の西村さんにメールしとくわ。

 

そんなことが、ものの数分でまとまってた。

 

これはどういう意味かっていうとさ、おばあさんの物語の断片のほんの少しでも引っかかって、それになんとか乗っかろうということなんだよね。

 

「あのおばあさんの」誕生日をお祝いする、ってことしか、みんな考えないんだよ。

 

誰の誕生日か、それが一番だいじなところなんだ。

 

何となく楽しそう、っていうのは、その人を思って言っているように聞こえないんだよね。

 

面白くないんだよ。

 

面白くないってことは、ダメだよね。

 

面白くないことに、お金や人をかけるってことは、誰にとっても不快なことなんだ。

 

勿体ないとか言う以前に。

 

でさ、翌日朝お迎えに行ったスタッフが、息子さんに、「ころうどんが好き」だってきいてきて、「ころうどんって何?」とか言いながら、すぐにお昼のメニューに加わったじゃん?

 

お昼担当の西村さんも「あいよ!」ってすぐやってくれるしさ。

 

前日夕方からだから、これくらいのことしか思い浮かばなかったけど、それでも、みんなからこれくらいのアイデアは出るもんね。

 

で、勝手に企画が進んでいくでしょ?他のアイデアの勝手に進んだでしょ?

 

みんながそれぞれ勝手にやっていくでしょ?

 

あなた一人でお祝いしてるんじゃないんだよね。

 

そこを頑張る必要はないよね?

 

みんなでやった方が、いいお祝いになるじゃんね?

 

今回の失敗は、そこだったんじゃないかな。

 

みんなに投げ出してみたらいいよね。

 

 

 

 

正解不正解を追いながら仕事をするのは辛い。

 

それを僕は言いたいのだが、それすらも、そのスタッフにとっては正解不正解、なのかもしれない。

 

僕がやるべきことは、その人の気持ちを邪魔しないで、なんとかそれを、いい形になるように仕向けることなんだろう。

 

けど、難しい。

 

今回失敗したのは、その人じゃなくて、僕だったんだろうなって、思う。

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もう十年以上前、勤めていた特養では、お年寄りの誕生日をどんな風にお祝いしたのだっけ?

 

よく思い出せない。

 

けれど、一つだけよく覚えていることがある。

 

おそらくスタッフ・ミーティングで話し合ったことなのだろうけど、取り決めたことがあった。

 

それは、「誕生日プレゼントに、生活必需品はやめよう」ということだった。

 

「あのおばあさん、肌着と靴下がよれよれで情けないから、誕生日のプレゼントはそれにしよう」

 

確か、プレゼント用の予算があって、おそらく一人2000円くらいだったと思うけれど、また、入居者に担当のスタッフが決められていて、そのスタッフが、それぞれの担当のお年寄りの誕生日のお祝い企画などを考えていたんだろうと思う。

 

そのプレゼントが、肌着で、理由はマトモなのがないから、っていうのは、確かに酷い話だ。

 

それは、誕生日プレゼントで何とかするべきものではない。

 

家族に連絡して解決すべき日常生活のことだ。

 

でも、家族に連絡とか、面倒くさかったんだろうね。

 

すぐに対応してくれない家族も結構あったのだろうし。

 

それだけ家族との関係性が薄かったのだろうし、それを誕生日プレゼントと考えるというのは、入居者との関係も薄かったと言わざるを得ないな。

 

寂しい話だが、そういう疑問が出ただけマシ、かもね。

 

というわけで、そのことはすごくよく覚えていて、今でも誕生日というとそのことが頭をよぎって、形だけのプレゼントで、大事なものを蔑ろにしていないか、ってなことが気になるんである。

 

 

 

 

まめ家の誕生日で思い出すのは、今はもう辞めてしまったけれど、男性スタッフが、あるおばあさんを日帰り温泉に誘った企画だ。

 

日帰り温泉が好きだったそのおばあさんは、その頃もう自分で行くことができなくなったばかりか、温泉仲間との関係も複雑になって疎遠になっていた。

 

そのスタッフがたてた企画は、そのおばあさんとまめ家で特に仲の良かった二人の方と一緒に、日帰り温泉に行くという、シンプルなものだ。

 

温泉好きで今は行くことができなくなったという事情があり、また、要支援という元気さでまめ家で出会い、何故か団結するように仲良くなった3人だが、そのうちそのおばあさんが、認知症の深まりで先を行くという、関係性の変わり目の時期だった。

 

そのスタッフは、女湯に入ることは当然できないので、お風呂にはその3人のおばあさん達だけで入ることになった。

 

すごく思い切ったことだと思うし、女性スタッフに頼むことも出来たはずだが、彼はそうしなかった。

 

元気さでつながっていた3人は、今までは助けたり助けられたりすることを表面上だけでしておけば、いい関係性が安定的に保てたのだが、その頃は明らかに、そのおばあさんを他の二人がサポートするという、持ちつもたれつとは言い難い関係性に変化していたことを、彼はみていたのだろうと思う。

 

そして、その二人の方に助けられて、おばあさんは温泉に入った。

 

そして、温泉のレストランで、食事をした。

 

僕は、この企画、すごく心に残っている。

 

そのおばあさんの誕生日を、まめ家でお祝いするということの意味、物語がちゃんとあって、大げさすぎないさりげなさがあって、でも実はかなりきわどいことをやって初めて成り立ってたりする、という。

 

温泉に行く機会を失くしたこと、温泉に行く仲間を失くしたこと、新しい仲間との関係性の変化をどう乗り越えるのかということ。

 

シンプルに見えて、結構深いところを、そのスタッフはみていたんだと思う。

 

いい誕生日企画だったな。

 

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新年一発目のお迎えは、市町村のボーダーラインを越えた。

 

 

 

我がデイサービス介護まめ家は、昨年4月より、地域密着型デイサービスのカテゴリーに入った。

 

地域密着型への移行は、利用者の利便性の向上というよりは、お役所の事務業務の効率化のためにも思えるが、それをどうこう言っても仕方がない。

 

地域密着という発想は既に十年以上前から始まっているのだし、介護保険が利用者の利便性よりはむしろ事務や運営の効率化を、今後も目指すことははっきりしているからだ。

 

 

 

 

地域密着になったからと言って、いきなり事業所の所在地である市町村に活動を限るというわけではない。

 

少なくとも、それ以前に利用実績のあった利用者は、それ以後も同様にその事業所の利用は継続できる。

 

新規の利用者を受けることはできないから、近い将来、その事業所の全ての利用者は、その市町村の人になるだろう。

 

 

 

 

去年の4月、小規模デイサービスに地域密着という制度が導入されて、おそらくどの市町村も、どうやって対応したらいいか分からないことがいっぱいあったんじゃないかと思う。

 

近隣の市町村のやり方を横目に見ながら、自分のところの基準をその場で決めていったということも、たくさんあったんじゃないかと思う。

 

お役所的には、去年4月をもって、市町村の境を利用者も事業所も越えることはできない、とハッキリしてくれたら、とても対応がシンプルだっただろうが、現実的には利用者に対してそんな酷いことは出来ないわけで、それ以前に利用実績があった利用者に限り、境を越えることができるということになり、その手続きの解釈は、市町村によって、結構バラツキがあったんじゃないかと思う。

 

 

 

 

市町村の境について、弊害があるという意見や実際の困ったケースの報告は、SNSなどでもいくつか目にした。

 

まめ家においても、去年の4月以降、市町村の境を越えて利用の相談を受けながら、実はケアマネさんも僕らもその制度について無頓着であったが故、相談の途中で、その境界線に気づいたということが、2件あった。

 

でも、実は、境界線を越える手立てが全くないかというと、そうではない。

 

手立てはある。

 

問145

平成 28 年4月から小規模な通所介護事業所が地域密着型サービスに移行 するが、利用者は原則として、事業所がある市町村に限定されるのか。また、 他市町村の利用者については現行のような事務手続きをすることで利用可能 とするのか。

 

回答

① 平成 28 年4月1日以降の新規利用者については、その事業所がある市町村の 被保険者のみがサービス利用の対象となるが、当該市町村の同意を得た上で他 の市町村が当該事業所を指定すれば、他の市町村の被保険者が利用することも 可能である。

② また、平成 28 年4月1日前からの既存の利用者については、それぞれの住所 地である市町村の指定があったものとみなされるため、事業所の所在市町村の 被保険者だけでなく、当該市町村以外の他の市町村の被保険者も引き続き利用 することが可能である。

 

②については、去年の4月の時点で、対応の必要が多くあったため、よく知られた回答であるが、①については、あまり検討されていないように思う。

 

僕も、境界線を越えた相談について、①のことを、ケアマネさんや利用者さんに言ってはみたし、まめ家として手続きが必要なことは、積極的にやりたいとも伝えた。

 

というのは、それが本当のところ、可能なのか知りたかったからだ。

 

絵に描いた餅ではないのかと、相当疑っていたからだ。

 

何故なら、認めるも認めないも、お役所次第だ、ということは、煩わしい事務仕事を引き受けてまで、例外事例に付き合う必要がないと、その次元で判断するなら、実質的にそれは、絵に描いた餅になるだろうからだ。

 

まめ家に頂いた二件の境界線を越えた相談は、実は、市町村の境どころか、県境を越えた話だった。

 

利用者さんがかなり遠くにお住まいだということで、地域密着という制度以前に、かなり無理をした話だったことと、ケアマネさんもそれまでにお付き合いのない遠くの事業所の所属だったこともあって、その二件とも、その後、どのような手続きをしたのか、その経過はどうなったのかは、知ることがなかった。

 

初めの相談の後、その二件とも連絡がなかったので、おそらく、境界線を越える話の進展はなかったのだろう。

 

興味があるのは、その話が少しでも前に進んだとして、どこの時点で頓挫したのか。

 

よく調べてみたら、あまり現実的な話ではないと思ったと、ケアマネさんが判断した。

 

とか、

 

市に打診してみたら、色いい返事がなかったので、ケアマネさんが無理をしなかった、

 

とか、

 

実際に手続きに入ったら、あっさり市に門前払いされた、

 

とか、

 

利用者の市町村からはOKが出たが、まめ家のある市からOKが出なかった、

 

とか。

 

いずれにしろ、積極的にその手続きが行われた例を、僕は、聞いたことがなかったので、もしかしたら、多くの利用者、ケアマネ、介護事業者が、それは無理なことだ、と思い込んでいて、行われないのかもしれない。

 

あるいは、市町村の方で、それは特別例外的な事であり、基本的には取り合うべきことではない、ということになっているのかもしれない。

 

 

 

 

でも実は、市町村の側においては、その対応の温度差は、結構あるのではないかと思う。

 

例えば、「やらなくてもいいことだから、やらない」という判断の市町村と、「申し出があったら、しっかり対応する義務があるらしい」という判断の市町村が、あるんじゃないか。

 

全国で、それが統一されていない、あるいは、今はまだ統一されていない、可能性はあるのではないか。

 

 

 

 

 

近隣のある市町村の社会福祉協議会のケアマネさんと、まめ家はとてもいい関係でお付き合いさせてもらってきた。

 

去年の四月以前からの利用者さんがいて、今も親しくさせてもらっている。

 

そのケアマネさんから、ご自分の受け持ちの方に、是非まめ家を利用してもらいたいと、打診があったのは、去年の秋だ。

 

ケアマネさんは、市町村の境を越えるための手続きに入った。

 

その市町村は、既にまめ家を利用している方がいるので、とあっさり問題なくOKを出してくれた。

 

その方が、まめ家をお試し利用した時、役所の担当者も一緒に見学に来てくれた。

 

それに比べたら、まめ家のある市のOKをもらうのは、ハードルは低いように思えた。

 

実際、市のOKはすぐ出て、この方は、市町村の境を越えて、新規利用者として、今日初めてまめ家に来られた。

 

 

 

 

お役所の言うことは、担当者で変わることがある、とか、担当者は配置換えでころころ変わる、とか、来年には判断が変わっていることがある、とか、不安なことはある。

 

なので、今後はこんなにすんなり事は運ばないかもしれない。

 

また、別の市町村なら、話を聞いてくれる間もなく、門前払いの所だってあるかもしれない。

 

それでも、これでひとつ、例外の成功例が、できた。

 

 

 

制度としての区切りは仕方がないとして、例外を認める道筋はあるべきだし、絵に描いた餅ではない実際的な道筋が、あって欲しい。

 

なにより、僕らが勝手に悪い方に解釈して、その悪い解釈を実際の習慣にしないように気をつけないと。

 

勝手にあきらめるということが、一番弊害があるから。

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12月30日にデイサービスの今年最後の営業を終え、今朝31日の朝、お泊まりのカッちゃんを自宅に送り届けて、僕の2016年の仕事は、終わった。

 

まだまだ法人理事長としての事務仕事は山積みだし、訪問まめ家のスタッフは、年末も年始もなく出動しているので、まめ家は年末年始完全にはお休みというわけにはいかない。

 

それでも、僕としては、2016年の一区切り。

 

束の間ホッとするひと時を過ごしている。

 

と思ったら、カッちゃんの旦那さんが、明日元旦の昼間、正月行事にカッちゃんを連れて行きたいから、送ってくれ、と。

 

分かりました。あと何回ふたりのお正月があるか、ないか、分からないもんな。

 

訪問介護と訪問看護の段取りを調整し直して、とりあえず、オーケーと。

 

 

 

 

 

 

2016年、始まりは暗雲立ち込めた不透明な景色だった。

 

その直前に、年末をもって、四年以上まめ家にいてくれた男性スタッフが、急に辞めることになった。

 

そして、新年になってすぐ、ヒロさんが自宅で倒れ、亡くなった。

 

どちらもショックの大きい出来事だった。

 

男性スタッフは、生き方としての介護を模索していたと思う。

 

生き方としての介護、仕事としての介護、その曖昧な境界線で、いつももがいていたのかもしれない。

 

そして、その折り合いのつかない日々の果てに、彼は自分にとって介護とは何かが分からなくなったんじゃないか。

 

そういうのをきっと、バーンアウト、というのだろうと思う。

 

彼が辞めたこともショックだったけれど、まめ家という場で、その折り合いがつかなかったということ、彼がひどく心を弱らせてしまったということが、僕をとてもモヤモヤさせた。

 

僕は、自分のやっていることに、自信がなくなったのだろう。

 

 

 

 

 

ヒロさんは、去年まめ家が最も熱心に関わった方だったので、まさに主役を失ったような喪失感があった。

 

それに、実質一年しか関われなかったことで、見えていたたくさんの課題に対して、多くのことをできなかった心残りがあった。

 

しかし、こればっかりは仕方がない。

 

 

 

 

 

今年、三人の新しいスタッフを迎えた。

 

ハローワークに求人を出したが、その三人の方は三人とも、求人とは別のルートからやってきた。

 

しかも、三人とも、おばさまだ。

 

おばさまおじさまは、なかなか難しいというのが、僕の偏見。

 

きっと、老いをリアルなものとして感じ始めると、ひとは、「まだまだ自分は大丈夫」と自分に言い聞かせたくなるのだろう。

 

そのせいで、介護サービスの受け手であるお年寄りと年齢が近いにもかかわらず、いや、近いからこそ、「自分は介護が必要なあなたたちとは違う」という心もちを、無意識に抱えているように感じる。

 

若い人のように割り切ったり面白がったりして、老いの世界に馴染んでいくのが難しいようだ。

 

老いが、認知症がリアルすぎるんじゃないか、その年代の人にとっては。

 

というのは、僕もなんだかんだ言って、老いというものを意識せざるを得ない年齢になってきたからだ。

 

いくら若作りしていても、体質が変わって以前では考えられなかったような体の状態の変化が次々とやってくる。

 

自分が何歳か、というよりも、あと何年生きられるか、という逆算になってくる。

 

そういうリアルを感じ始めて、リアルだからこそ老いを受け入れづらいという感覚は、分かる気がするのだ。

 

 

 

 

 

 

ニシムラさんは、春のある日、突然まめ家にやってきて、「何か仕事はないか。面接してほしい」と言った。

 

ニシムラさんは、まめ家のすぐ近くに住んでいて、まめ家みたいな介護施設でちょっと働けたらいいな、と以前から思っていた。

 

その日たまたま、二年前に亡くなったエーさんのお母さんがまめ家に遊びに来た時に、顔見知りのニシムラさんに会った。

 

エーさんのお母さんがまめ家とつながりがあることを知り、その勢いでまめ家に来た。

 

実はよく聞いてみると、二人は友達というほどではなく、ニシムラさんの以前の仕事の関係で、何度か顔を合わせたことがあると言うくらいだったらしい。

 

突然そんな風にまめ家にニシムラさんが来て、僕は、これは面白いと思った。

 

お仕事の求人をして、お仕事として面接に来る、そういうわざとらしい出会い方に、どこかゲンナリしていたからだろう。

 

というわけで、ならどうぞ、とそのまま面接ということになった。

 

ニシムラさんは、当然履歴書など持ってきていない。

 

けれど、別にそれは、どうでもいことだ。

 

本人が言うには、面接してくれとは言ったが、よく考えてみれば、急に飛び込みでくるなんて私は一体なにをやっているんだろう、なんて失礼なことをしているんだろう、と面接の時には既に思っていたらしい。

 

考えより先に行動してしまうタイプなのだ。

 

天然で面白い人なので、断る理由がなく、なら、2,3日試しに来てみますか?と、お試し就労することになった。

 

 

 

 

 

 

僕は、面接で断る理由がなかった人には、次の段階として、お試し就労をお願いする。

 

面接ですぐその人を見抜けるほど、僕は自分の直観が信用できるわけではない。

 

面接で分かることは、ほとんど何もない。

 

なので、はっきりとお断りする理由がある場合、むしろ安心する。

 

はっきりしないから、お試し就労なのだ、大概は。

 

 

 

 

 

お試し就労と言っても、実際には、できる仕事はない。

 

見知らぬ人たちに、出会ってすぐできるサポートなどないということを、まず分かって欲しいというのが、本音だ。

 

お試し就労の人は、スタッフとして自分ができることを探す。

 

当たり前だ。

 

でも、スタッフだからと言って、出会ってすぐの人に何かやっていいという思い上がりをまず、どうにかしてほしい。

 

できるという思い上がりにまず、気がついてほしい。

 

何をするか、よりも、何をしない方がいいか、という観点から考えた方がいいかもしれない。

 

とにかく、邪魔しない。

 

足し算より引き算。

 

そういうことを心がけてほしい。

 

だから、お試し就労でできることは、出会った人たちに自分が何者かを知ってもらうこと、その人がどんな人かを教えてもらうことしかない。

 

「スタッフとしてどんな業務があるんですか」と、僕に問われても、僕に言えることはこんなことだ。

 

「業務なんて、条件さえそろえば、誰だって何だってできます。

 

だから、逆に言えば、条件がそろわなければ、何もできません。

 

業務のやり方を覚えても意味がありません。

 

条件を揃えることが先決であり、全てです。

 

その条件とは、あなたの役割や仕事は、『場』が決める、ということです。

 

僕やスタッフがあらかじめ決めるわけじゃありません。

 

誰かがあなたを求めない限り、入浴介助は始まりません。

 

入浴介助の方法を学ぶのではなく、求められた時、ある特定の人の入浴にお付き合いするマナーを学ぶんです。

 

一般的な入浴介助の方法なんて学ぶほどの意味はありません。

 

そんなことよりまず、ここにいるお年寄りやスタッフと約束を一つ一つ丁寧に結んでいくことから始めるしかないんです。

 

そうしたら、自然にあなたの役柄が、この場で収まっていきます。

 

それぞれのお年寄りやスタッフが、それぞれにあなたの役柄を求めます。

 

あなたの役柄は、それぞれのお年寄りやスタッフにとって、違うものでしょう。

 

当たり前ですよね、学校でも職場でも友達関係でも、そういうものですよね。

 

あなたはまず、私はスタッフであるということが役柄だ、なんていう誤解を忘れることから始めてください。

 

スタッフだから入浴介助をしてもいいというわけではありません。

 

誰かがあなたにお風呂のお世話をしてもらっていいと思い、あなたがそうしたいと思ったとき、初めて、入浴介助が始まります。

 

それがどういうきっかけで始まるかは、わかりません。

 

でも、その時まで、入浴介助もトイレの介助も食事介助も、どんな小さなサポートも何も始まりません。

 

ここにいるお年寄りやスタッフのことをよく見てください。

 

そして、自分のことを知ってもらってください。

 

ひとをサポートするということの意味を、感じてください。

 

邪魔をしないということはどういうことか、感じてください。

 

まずは、そこからしか、始まりません」

 

 

 

 

 

そんなことを言われて、新しいスタッフ候補さんは、とても困ると思う。

 

何もできない、というところから始めるということは、何をやってもいけないと言われているのと同じだからだ。

 

とりあえず、お年寄りにお茶でも入れようとしたら、「今あなたが動き出したせいで、誰かにお茶を入れようとしたその人は遠慮して、やめたんだよね」と言われる。

 

トイレから帰ってきた人にソファーを勧めたら、「その人は黙っていてもいつもそのソファーに座るし、今日初めて来たあなたが偉そうにそこに座れなんて、言っていいわけがない。むしろ、教えてもらうのはあなたの方ではないか」と言われる。

 

そういうことを言われるのは、辛いことだと思う。

 

けれど、新参者のあなたがやっていることは、ずっと前からここにきている人に対して、敬意のあるやり方とは言えない。

 

それが介護職の常識なのかもしれないが、ここの常識ではないし、世間一般でみたら、やっぱり常識とは言えない。

 

我々は介護職である前に、一人の人間としてどう振る舞うか、まずはそこから始めてみましょうよ。

 

 

 

 

 

 

僕は、どちらかというと、あまり細かいことを言わない人間だ。

 

実際に何をやるか、どうやるかは、あまり問わない。

 

どうやるかは、それこそひとりひとりの人としての振る舞いに任せようと思う。

 

しかし、その振る舞いのベースに、ひとに対する敬意のようなものが欠けているなら、それは指摘したい。

 

敬意さえあるなら、あなたのやりかたでやってみたらいいというのが、僕の考え方だ。

 

 

 

 

 

 

介護の仕事の経験のある人は、そういう意味ではなかなか悪い癖が抜けない。

 

なら、経験のない人がそうでないかというと、経験のない人でも放っておくと、ベテランの経験者並みに平気で、敬意の欠けた振る舞いをする。

 

これは、その人たちが悪いのではなくて、介護の現場が持っている根底的な危うさが、そうさせるのだと思う。

 

それは一言で言って、介護を介護負担だと思っているということだ。

 

意味もなく立ち上がる、意味もなく歩く、そう見える人には、とりあえず、座って座ってと言ってしまう。

 

昨日今日その人に会ったのなら、まず、何故立ち上がったのだろう、何をこの人は思ったのだろう、この人はどんな人だろう、と思うのが自然なのではないか。

 

そういう自然なことより、座らせて安全を確保することの方が自然と思ってしまう。

 

あるいは、介護施設というところは、介護スタッフにそういうことを求める場所だと思っているのかもしれない。

 

その、介護の根底のところを見直すことから、新しいしスタッフ候補さんには、始めてもらわなければならない。

 

あなたがその人をよく知りもしないで、座らせようとしたのは何故だろう?

 

座れという前に、その人が歩くことに付き合ってみるのが、筋ではないか。

 

ここは、よく知りもしない人を座らせておけばいいということを、介護とは言わないことにしている場所だ。

 

そういうことを、大変申し訳ないが、スタッフ候補さんに失敗してもらいながら、ひとつひとつ分かってもらうしかないのだ。

 

 

 

 

 

大抵の人は、なら私は何をすればいいのか、私にできることがあるのか、という難問に苛まれることになるのではないか。

 

年齢で差別するわけではないけれど、年が高いほど、「ああそうか、そういう考えにシフトしてみればいいのか」とは、簡単に考えられない傾向があるように思う。

 

60歳代半ばのニシムラさんも、「私には無理みたいです」と早々に音を上げた。

 

僕は、スタッフ候補さんがそう言ってくれると、大抵安心する。

 

何故なら、その人のことがよく分からず判断に困っている僕が判断しなくても、その人が自分で判断してくれたということだからだ。

 

それによって、新しいスタッフが決まらなかったという結果になるのだが、でも、それでもいいやと思えるくらい、新しいスタッフを迎えることは、こわいことだ。

 

 

 

 

 

 

でも、ニシムラさんは、とても面白い人だ。

 

この人の面白さとは、つながっていた方がいいぞ。

 

いつもは頼りない僕の直感が、何となくそう言っていた。

 

苦肉の策で、「なら、お料理おばさんで、来てみない?介護じゃなくて、お料理専門で」と言ってみた。

 

ニシムラさんは、その時こう思ったらしい。

 

突然飛び込みで面接してなどと失礼なことを言ったので、むげに断ることはあまりにも無礼だから、うんと言うしかない。

 

 

 

 

 

まめ家では、昼食は介護スタッフが作る。

 

お料理専門のスタッフはいたことがないし、雇うつもりはなかった。

 

何故なら、お年寄りと空間を共にしながら、その空間に見向きもしないでひたすらお仕事としてお料理を作る人など、いて欲しくないからだ。

 

でも、正直、週に二回もお料理当番があるということは、介護スタッフとしては結構しんどいことだと思う。

 

まめ家では、その日のメニューは、お料理当番に任されるから、献立から考えなければならない。

 

なので、その負担を減らすために、ニシムラさんにお願いしたということはあったのだ。

 

 

 

 

 

結果、どうなったかというと、最近ニシムラさんは、こんなことを言った。

 

「正直言うと、お料理なんて全然自信がなかったのに、実際にやってみたら、私こんなこともできるんだあんなこともできるんだって、楽しくて楽しくて。

 

分からないことはお年寄りに訊いたら、いろんなことを教えてもらえるし、手伝ってもらえるし、もうすんごくうれしい!」

 

いやー、こんなことを嬉々として言える人は、そうそういないと思う。

 

介護スタッフでは、全然介護ができそうになかったニシムラさんが、ただのお料理おばさんになった途端に、それはもう自然にお年寄りとバカ話をしながら、お料理や後片付けをしているわけだ。

 

お年寄りが提供してくれた食材を、その日のお昼にはお料理として出してくれて、バカ話がさらに盛り上がって、「なら、今度また持ってくるね」とお年寄りが言ったりして、次の約束ができちゃう。

 

いやいや、僕が小難しく言っていたことは、こういうことなんです。

 

この場が、ニシムラさんの役割を決めてくれるんですよ。

 

ニシムラさんがさらにそれに応えていくから、また求められていくんですよ。

 

ニシムラさんのおかげで、キッチンとリビングは常につながっている。

 

それに、なにより、週に二日のニシムラさんのお料理は、とてもおいしい。

 

先日は、前日から仕込んだ煮豚がでた。

 

調味料が足りないと、近くの自宅にとりに行く。

 

いやいや、やりすぎだろ、って思いながら、笑ってしまう。

 

介護の世界にはいられなかったかもしれないニシムラさんが、今年まめ家をある意味変えるくらいの貢献をしてくれたと思っている。

 

介護士としての才能とかスキルとか、それよりも、誰だってやりたいやってあげたいということがあれば、役割はきっとそこにある。

 

 

 

 

 

 

僕は、そこは譲れないところだし、そこさえ譲らなければ、大きな間違いはないと思っている。

 

それは、やりたい、という動機が先にあるということだ。

 

仕事や業務が先にあるわけではない。

 

やりたいという動機が、その人に役割を与え、役柄を与える。

 

場の登場人物になることができる。

 

やりたくないことはやらなくていい。

 

お料理を作りたくない人の料理を、誰が食べたいものか。

 

やりたいことだけやればいい。

 

みんなが同じ役割をするべきだなんて、ひとを馬鹿にしている。

 

いきいきするチャンスを潰している。

 

お年寄りもスタッフも子供も、同じだ。

 

その出発点だけは、譲らないことにする。

 

 

 

 

 

 

だから、ミーティングで僕が挑発的に「これだけのトラブルがあり、さらに今後もっとトラブルが起こることが予想されていながら、それでも、シコさんを断りませんか?」というと、「いくつかの施設を断られて、まめ家に来ているんですから、断るなんてとんでもない」と、僕が言われるのだ。

 

しんどくないと言ったら嘘だ。

 

でも、シコさんと共にいる理由がある。

 

断るなんてとんでもない。

 

頼もしいなぁ。

 

 

 

 

 

今年の僕の仕事で一番のファイン・プレイは、間違いなく、ニシムラさんをまめ家の仲間に加えたことだ。

 

あとは、ニシムラさんが勝手になるようになってくれたんだけどさ。

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