2000円以上もする高級ラーメンなるものが麻布十番にあるが、ラーメンが庶民の味であった頃は過去のことになってしまった。
記憶にあるのは、かけ蕎麦が25円中華そばが30円だった時代を覚えている。
商売であった実家は食事の用意ができないと
すぐに浅野屋の店やもんの出前を頼んだものだった。
カツレツがご馳走の時代に私はいつも半分の値段の中華そばを食べた。
安上がりにできていたので親は欲のない子だなと思っていたらしい。
昭和も40年代後半に入ると、昭和47年の札幌オリンピックの頃からか
サッポロラーメンブームで一挙に値段も500円の大台に乗ってしまった。
通常のシナ蕎麦が250円ぐらいだったから倍もするラーメンが誕生。
その後、ご当地ラーメンブームで全国各地のラーメンが誕生した。
しかし、私の中華そばの思い出は昭和30年代(always夕日の三丁目時代)の中学生だった頃、深夜お腹がすくと近くの屋台ラーメンの暖簾をくぐった。
(当時ラーメン屋は屋台が殆どであった。)
そして大人に混じってアツアツの中華そばを
すすって受験生の小腹を満腹にさせていた。
その頃、屋台はアセチレンのガス灯で灯りをともしていた。
中華そばよりアセチレンの匂いが独特で今でもその香りは嗅覚が覚えている。
誰にでも幼少時に嗅いで親しんだ臭いは一生忘れません。
皆さんにも料理食事に香りを楽しむ食文化があるとすれば、何だったか?
糠漬けや納豆の発酵食品や味噌汁の臭いに思いを馳せる方がいるかもしれません。
その香り探しに私たち介護を支える者が精を出しておくと、きっといい対話と看取りが
できることでしょう。