親の介護 介護と仕事の両立

親の介護 介護と仕事の両立

認知症であり要介護認定を受けた家族を介護する日々の様子や仕事との両立、自分の体のことなどをつづっています

2021年に直腸脱3回目の手術をしたわけですが


2019年12月に中国でコロナが発生して
日本では2020年2月にダイヤモンド・プリンセス号の入港により
新型コロナウイルスの感染拡大がおこっていました

このころはまだ母、認知症ではなかったのです

おりしも世の中はマスク不足だったため、
ミシンがプロ級だった母は布マスクを大量生産して、
(私を使って)近所に配らせていました

大人用がある程度おわったら、今度は子供用を作り出したのですが、
子供用は知り合いがあまりいないため、
またまた私に、
その辺のスーパーで知らない人にあげなさい・・・と言い、
いやはや、私は逆らう術もなく、
全く赤の他人に、
申し訳ないですがもらっていただけますか・・・などと子供用マスクを差し上げていました。

そのころは、本当にマスク不足だったため、
もちろん喜んでもらっていただけましたが、
私はあまりこうゆうことは苦手で、
本当に胃が痛くなる思いでした

そしてまだまだコロナ感染が恐ろしく思われていた2021年4月のある日
6時くらいに起きたら、母の熱が38度越え、
高齢の母はベッドから起きられるわけもなく、
私にも起こす力はなく、

もしや
コロナ・・・・・

さらに自分の熱を測ったら 37度越え、
私、めったに風邪をひかないタイプなので、
もうこの時点でほぼコロナ感染だと観念しておりました

半ばあきらめ状態の私は、
まず朝食をとり、洗濯をし、
近所の子供たちが登校したあと7時50分ころ、
救急車を呼んだ次第です

このあといつ食事を摂れるかわからないので
やることだけはしておきましたよ
もちろんこの間、ときおり母の様子を見ておりました
急変したら、食事どころではありませんから

そのころはまだ母、紙パンツなど使っていなかったため、
パジャマのままおもらしして、
ベッドもかなり臭くなっていました

着替えさせたくても重すぎて、
ズボンも脱がせなかったのです

救急車をよんだあと、かかりつけの病院に電話をし事情を話して受け入れ態勢をお願いしておきました
やがて救急車がきて、
すかさず私、
「コロナかもしれません」と

救急隊員は
「お母さんはいつも寝たきりですか」

「いえ熱があるので動けないだけです」と私

そんな会話ののち、
「私は自家用車で後をついていきます」と言い
病院まで5分あまりで到着しました

そのあとコロナ検査をするわけですが、
待っている数十分が長いこと長いこと

母の方が早かったので
母のコロナ判定が陰性とわかった時点で
母に対する他の検査が始まりました

この時は2週間ほど入院して
「尿路感染症」という診断をいただいたのです

 

今でも思うのですが

あの時の私の微熱はなんだったのか・・・と

ホントに紛らわしい熱でした

 

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