建築家の孤軍奮闘な日々 -42ページ目

コンクリート好き。

今日も暇なわたくしは、
昼間っから健康のためと妻とジョギングにでかけました。

目的地は東京ドームの脇にあるラクーアという
ちょっとした遊園地兼ショッピングセンター兼スパ。
妻が買いたいものがあるとかで、
ジョギングがてら行く事にしたのです。

で、うちから春日通りという大きな通りへ出る途中に、
いつも気になるところがあって、今日は写真を撮ってきました。

これ。

$カイダ建築設計事務所

上は丸ノ内線の線路なのですが、このコンクリートの表情が最高に良いのです。

コンクリートといっても、実は建築と土木では全く違います。
なんといっても掛かる荷重の桁が違いますから、
強度も違うし、壊れたりしたら大変だから密度も違います。
もちろん建築も壊れたら大変ですけど。。。そこらへんの気構えが違うのです。

で、ボクにとってはここが重要なのですが、
なんといっても土木と建築のコンクリートの大きな違いは、
キレイに作る気があるかどうかです。

建築のコンクリートはキレイに作られています。
コンクリートの打ち放しの建物のコンクリートはとっても肌がキレイですよね。
あれは、打ち放し用の特殊な型枠を使っているからなのです。

丸ノ内線は東京でも古い地下鉄なので、ここは昔のコンクリートの表情を持っています。
今はコンクリートの型枠は合板を使いますが、昔は杉板だったんです。
だから、コンクリートの表面に木目が浮き出たりしています。
最近もこのような表情をだそうとして、杉板型枠を使った建築を見ますが、
やはりキレイに作られていて、コンクリートの荒々しさが感じられません。

建築のコンクリートが奇麗なのは、日本のゼネコンの技術が素晴らしいからなのですが、
今でもスペインやポルトガルあたりのコンクリートは建築でもすごく荒々しいんです。
まあ、原因はゼネコンにあるのですが。。。
これがすばらしくカッコいいのです。力強くて、荒々しくて。

日本ではキレイなものが良いとされる傾向が大いにありますが、
キレイに作る事で失われるものってあるんです。

素材の持つ表情であり、素材の表情による表現です。

建築のコンクリートもこういう感じにならないかなあ。