先日、レ・ミゼラブルを見に行った。そこでふと考えたことについて書きたい。カンパニーについてだ。
ミュージカル作品では、その作品を作るチーム全体をカンパニーと呼ぶ。
上演作品が決まり、オーディションを行い、プロフェッショナル達が選出される。そして、全員が集まり、稽古した上で、公演期間を走り抜ける。
レ・ミゼラブルは、今年4月〜9月まで東京、名古屋、大阪、博多、札幌で公演を行う。プロフェッショナルが、全力を尽くす場。
私が見に行ったのは、全体公演の初日となる「プレビュー公演」。レミゼカンパニーの方々の素晴らしさに酔いしれた。
ミュージカル作品のカンパニーは、一部のロングラン作品はあるが、それでも期間は有限である。ロングランの場合も、演じる役者さんは変更される。
多くの観客を楽しませることを目的に、ある有限な期間存在するミュージカルカンパニー。いつまでも続かないもの。
役者、裏方を含め、カンパニー全体が、その日その瞬間にかける。
一方で、会社を意味するカンパニーは、永続的なもの。永続的に存在することを目指す存在である。会社を立ち上げる時に、終了時期が決まっている会社はない。
起業当初は、ミュージカルのカンパニーに似たところがあるのではないだろうか。しかし、長く続ける中で、いや長く続けていくために、規模を大きくしたり、人数を増やしたりしてくる。
起業当初の小さいけれど何かやってやろう というベンチャー精神を持つ社員だけでは、なくなってくるということだ。
「自分がやらなければ、会社が立ち行かなくなる」と感じる社員も減ってくるだろう。
就職活動の学生と話していて、会社に「安定」を求める人が多い気がする。ベンチャーにいく理由も、「そこで力をつける」「自分が成長する」が多い気がする。別にどの理由も悪くないと思います。
ただ、どこか、社会に出た後のキャリアに対して、「単線」なイメージしか持ってないのを残念に感じてしまう。
また、大学卒業時などの就活(一括採用)のタイミングで、”乗り遅れる”、”失敗する”と、その後修正がきかないと思っている学生が本当に多いと感じる。
しかし、こう思うようになってしまっている原因は、我々大人の方にあるのは、明らかである。
学生達が、接触する大人(そもそも接触が少ないのも大きな問題ではあるが)が、楽しく働いていない(ように見える)のが問題。「”乗り遅れた”けど意外と楽しくやっている大人」、「失敗したけどその後意外とうまくやっている大人」、「大企業の中だけど”いきいき”と働いている大人」などが、発信しないから、もしくは発信しているけど届かず、存在を学生達に認知されていない のが問題だと考えている。
個人で仕事していても、企業の中で仕事していても、自分のやり方次第で、「ミュージカル」のような仕事ができる。
個人の場合は、わかりやすい。やりたい仕事があれば、それを獲得するために、「オーディション(面接・試験など)」を受ける。そのための力をつけるために学ぶ、練習する。獲得したら、その仕事の「稽古」をし、一瞬一瞬にかけて仕事をする。継続できるかどうかはその結果次第。
企業であっても同じように仕事している人がいる。自分のやりたい仕事のために、力をつけ、「オーディション(上司へのアピール、稟議、仕事への応募など)」を受け、配属されたら、一瞬一瞬にかけて仕事をする。
結局は、ミュージカルも会社のカンパニーも同じようなものではないだろうか。
ただね。ミュージカルは自分が観客として見に行き、「この作品(このような作品)に俳優として参加したい」「この作品の舞台衣装を作りたい」とか思うわけですよ。目の前で感動的なものを見てしまうわけですから、そう思うでしょうね。
会社の意味のカンパニーで行われる仕事について、見てもらい感動を与えることはできないのかな と妄想している。
いや、実際ね。企業で何年も働いているとわかると思いますが、感動する仕事って確実にあります。。
レ・ミゼラブルの「ワンデイモア」と同じくらい(多少種類は違うけど)感動したのあるよ。

