僭越ながら、私の人生を軽くご紹介させて頂きます。

 

東京の大学を卒業し、大手不動産仲介会社に就職。社会の厳しさ、不動産業界の厳しさを目の当たりにする。

夜の飲み会でも、センター長のYAZAWA の人間マイクをしたことは良い思い出です。

 

きっと、この経験があったから今がある。そして、千人以上の営業と同じフィールドで向こう30年戦っていくのは、効率が悪いと思い、心機一転カナダ留学を決意。その流れで、カナダのトロントでも不動産免許を取り、自営業としていきなり独立。といっても、フルコミッション制の会社です。

 

英語もまだまだ拙かったこの頃は、毎日がアドベンチャー。

賃貸仲介を鬼のように回して食つなぐ日々。貧乏生活。

そして、旅行は格安バスで、14時間かけてマンハッタンまで旅行。

 

今でも忘れませんあのドキドキ感。Queens Bro Bridge を渡ってマンハッタン島に入っていくんですが、もう建物が高くて。空いた口がふさがらず、心臓のバクバク感は今でも忘れられません。

 

 

その後、カナダでは就労ビザが更新できず、一旦帰国。日本企業はやはり英語ちょっとできるくらいでは

全く評価に値しなく、再度海外で働くことを決意。

 

履歴書を色々送ったら、一社だけ合格。夢のマンハッタン勤務スタート!

その後6年に亘り、マンハッタンの投資用不動産を扱い、気づけば30代も半ば。本当にこのままでいいのか?

 

そんな時、仕事で出会った不動産鑑定士の方々。主に、投資家に帯同してマンハッタンに来る方もいれば、投資家で不動産鑑定士の方もいらっしゃいました。

 

やっぱり憧れてしまいます。

 

それまでの目標は、マンハッタンでバリバリ働く。→ これを達成してしまうと、人間欲が出ます。もっと上にいきたい。もっとやれる。

そんな時、出張で日本に行ったときに、実家に帰る時間がありました。久々の実家。ゆっくりしながら家をものを整理すると、なんと10年前に受講していたTACの不動産鑑定士のテキストが。

 

正確には、大学4年生の時に受講してたんですが、DVDではなく池袋の校舎に通っておりました。

当時は、教室に受験生リーダーみたい人(TACの雇われ学生??)がいて、いつもスタンプを押してくれました。いやいや、ラジオ体操か!と思った記憶があります。

 

正直、難しすぎて全く続かず、鑑定理論、会計学、民法を終えた時点で力尽きたんだと思います。

答練も、経済学のテキストがなかったです笑い泣き

 

最初は、とりあえず短答だけ受かったら、きちんと講座を取ろうという感じでした。

また、40万近く払って、挫折するのは嫌だという気持ちです。

 

この頃は、基準が改定されているとかは当然知らず、とりあえず昔のテキストを使って短答を合格しようとしたのですが

こんな半端な覚悟で受かるはずもなく、勉強時間もあまり確保できず、あえなく撃沈。

 

ほぼ、記念受験となった短答式試験。しかも、この受験のために、わざわざ休暇をとって、アメリカから来ていたという事実は

ちょっと恥ずかしくて周りには言えませんでしたえーん

 

でも、この不合格確定がやる気スイッチとなり、帰国までの期間に、TAC池袋校に行き、アメックス一括で申し込みをしました。

とはいえ、アメリカまで送ってくれるはずもなく、実家に頼み、一か月に一回、アメリカまでまとめて教材を送ってもらう方法を選択しました。

 

2019年6月 試験勉強のスタートです。

この時は、鑑定理論は一度勉強したことがあるし、行政法規も宅建で一度勉強してるから、何とかなるだろうという感じでしたが

 

実際初めて見ると、久々にちゃんと資格試験を勉強することもあり、苦しかったです。

勉強時間を確保するのが、本当に大変で、朝方の生活に切り替え、いつも5時起きで勉強をするようになりました。

 

幸い、勤めていた不動産会社は5PMになるとほぼ皆様帰宅するような会社だったため、仕事の後も極力家で勉強するような習慣を身に着けました。

 

鑑定理論 基準の暗記 in New York のスタートです。

 

旅行に行かれたことがある方はご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、マンハッタン島にはいくつか有名な公園があります。

一番有名なのが、セントラルパークニコニコ

 

でも会社からちょっと距離があるので、私はいつも、Bryant Park という公園で朝勉してました。

テーブルとイスが無造作に置いてあるので、勝手に座って、朝ご飯食べながら、音読です。

 

もう毎日エンパイアビルを見てると、何も感じなくなります。爽やかな公園で、鑑定理論。

ちょうど、3章の「埋蔵文化財」を暗記中でした。

 

 

朝ご飯は、PRET A MANGERという、マンハッタン中のどこにでもあるコーヒー屋さんのチョコクロワッサンと、

100%グレープフルーツジュースでした。これ毎日食べてたら、結構太りました笑。

 

 

 

この時から、物件見に行くときも、通勤もポケット鑑定理論を常に持っていました。

私は、7番線という路線沿いに住んでいたのですが、変なスーツを着たアジア人が変な呪文みたいなのを唱えてると思われていたことと思います。

 

でも、日本語通じないことがほとんどですから、日本で音読するよりは気が楽ですけどねウインク

ガイドブックに載ってないお店とかたくさんあるんで、いつかこれも書けたらいいなと思いました。

 

今日はここまで。