ローマ人への手紙 13:1-2 JA1955
すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。 したがって、権威に逆らう者は、神の定めにそむく者である。そむく者は、自分の身にさばきを招くことになる。

Romans 13:1-2 NIV
Let everyone be subject to the governing authorities, for there is no authority except that which God has established. The authorities that exist have been established by God. Consequently, whoever rebels against the authority is rebelling against what God has instituted, and those who do so will bring judgment on themselves.




僕は昔
尾崎豊が好きだった

♪盗んだバイクで走り出す~
♪夜の校舎窓ガラス壊して回った~
♪人は誰も縛られたかよわき子羊ならば~
「俺の叫びは自由への叫び
俺はただ自由になりたいだけなんだ!!」


彼の言葉に共感していた10代の僕

とにかく大人達の引かれたレールの上をそのまま歩きたくなかった

逆らい続け
あがき続けた
早く自由になりたかった
そんな10代

形にはまりたくなくて
常に型破りな行動ばかりしていた

やがて
ズレた事をするのが僕のアイデンティティとなり
そのまま20代に突入…

常識知らずな大人になっていった

いや
正確にいうと常識はなんなのかわかっているけどあえてそれから逸れていた

世の中のあらゆる事に批判するだけの毎日

「僕はヤツらとは違うんだ
こんな世の中でも僕は自分を主張し続けるんだ」
という動機で
自分を高めていた

そして早く
日本を出たかった


でも思いおこせば

造られたレールの中にも
たくさんの良い想いでがあり
たくさんの感謝と愛があった

もしかしたら
造られたレールだったからこそ
たくさんの感動があったのかもしれない

批判する事から始めるのではなく

今の世の中
置かれている環境
システム
関わる人達
そして日本人として生まれた事

ありがたく受け入れ感謝する事から始めてみるべきなんだと思う


全ては神様の計画によって
今の僕が
そこにいるのだから


〓♪KAI☆〓


    
ローマ人への手紙 12:21 JA1955 悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。

Romans 12:21 NIV Do not be overcome by evil, but overcome evil with good.


目には目を歯には歯を
という言葉がある

やられたら1,000倍返しにするというものだ。

僕は昔そうだった

やられたらやられた以上に復習する
こらしめて
同じ痛みと苦しみを味あわせてやるんだ!

でもこれって
また相手もコノヤローっていう気持ちが残る

いっこうに終わらない
エンドレス…

ピンポン玉が凹んでしまい
それを直そうとするとまた横が凹んでそれまた直そうとすると元の場所がまた凹んで…

これに似ている

でもピンポン玉を熱いお湯に入れれば
膨らんで治る


僕らに置き換えたら
その熱いお湯ってのが

神様の愛だろう

神様の愛で

悪をも包む!!

愛の力はなんにも負けることはない

その愛を僕らは常に神様から受け取って

人々に与えていかなければいけない


〓♪KAI☆〓
あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。 なぜなら、一つのからだにたくさんの肢体があるが、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、 わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。 このように、わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、それが預言であれば、信仰の程度に応じて預言をし、 奉仕であれば奉仕をし、また教える者であれば教え、 勧めをする者であれば勧め、寄附する者は惜しみなく寄附し、指導する者は熱心に指導し、慈善をする者は快く慈善をすべきである。

Romans 12:4-8 NIV
For just as each of us has one body with many members, and these members do not all have the same function, so in Christ we, though many, form one body, and each member belongs to all the others. We have different gifts, according to the grace given to each of us. If your gift is prophesying, then prophesy in accordance with your faith; if it is serving, then serve; if it is teaching, then teach; if it is to encourage, then give encouragement; if it is giving, then give generously; if it is to lead, do it diligently; if it is to show mercy, do it cheerfully.



よく
手は目にはなれず、目も口にはなれないというようなニュアンスの例えがある

僕は昔から全ての事においてパーフェクトを求めていた

出来ない事なんて何一つない
generalest

なんでも出来る人

クリスチャンになって
チャーチに通い出してからわかった事


人には与えられた賜物が違うし与えられた役割がそれぞれあるって事


あっ
これは僕がやる必要のない事なんだ
あっ
ここは僕が出しゃばる必要はないんだ
あっ
これは僕がやるべき事なんだ
あっこれは僕だから出来ることなんだ


というようにイエス・キリストのカラダの一部として考えた時に
僕はどのポジションだと機能するのか


それを今
模索している段階である

神様から与えられた歌うパッションと能力
この大好きな歌をどう
イエス・キリストのカラダの一部として生かしていこうか

もしくは歌う事以外に本当は別の賜物があるのでは?


日々
答えを追い求めている


神様に語られるという感覚が

まだ正直実感できないが
自分の心の奥底で
どうするべきか
どうしたいか
魂の叫びみたいなのはたまに聴こえてくる


自分を今よりも無にして
純粋無垢にただ真理を求め
神様の愛をもっともっと感じて
そして自分の与えられた使命を果たしていきたい

その使命がなんなのか

どうか教えてください

僕の心に語ってください

あなたの御心によって歩んでいきたいから