コリント人への第二の手紙 6:6-10 JA1955
真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、 真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、 ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、 人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、 悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。

2 Corinthians 6:6-10 NIV in purity, understanding, patience and kindness; in the Holy Spirit and in sincere love; in truthful speech and in the power of God; with weapons of righteousness in the right hand and in the left; through glory and dishonor, bad report and good report; genuine, yet regarded as impostors; known, yet regarded as unknown; dying, and yet we live on; beaten, and yet not killed; sorrowful, yet always rejoicing; poor, yet making many rich; having nothing, and yet possessing everything.


僕はドラゴンボールが好きだ。その主人公の孫悟空の戦いそのものが
この漫画の醍醐味なんだが…
僕はいつも彼の戦いぶりに励まされる。
彼の人種、サイヤ人は戦い好む。なので孫悟空も常に強者と戦うのをワクワクしながら待っている。相手が自分より強くて負けそうになっても孫悟空は笑っている。

なぜ笑っていられるんだろうか?

僕はそれが昔から疑問だった

月日がたち
自分なりに最近解釈してみたところ

多分

●戦うのが純粋楽しいからワクワクしている

●今は押されているが最後にはきっと勝つから
その逆転のシナリオにワクワクしている

●今は負けてもトレーニングして追いついてみせる!それに向かってまた向上できる毎日にワクワクしてる


ってとこなんだろう

ようは外部からみた情景と本人の心のありかたは必ずしも一致しないってことだ

気の持ちようとは
よく言われる言葉だ

どんな状況下でも
気持ちの入れる方向次第でどうにでもなれる

始めは難しいかもしれないが無理にでもそのように意識してると
それが習慣化してオートマチックになってくる

俗に言う
ポジティブシンキング
ってとこだろう

僕らは選択する事ができる

考える事でさえ選択して生きていく習慣をつけていこう

そして
神様を求め続ける事も選択していこう




〓♪KAI☆〓
コリント人への第二の手紙 5:4 JA1955 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。

2 Corinthians 5:4 NIV For while we are in this tent, we groan and are burdened, because we do not wish to be unclothed but to be clothed instead with our heavenly dwelling, so that what is mortal may be swallowed up by life.


天国にはこの世の「物」を何一つ持っていく事ができない

なのに関わらず
その「物」を手に入れるために苦労を重ね、
その「物」が手に入ると喜び入らないと悲しむ

そして「物」は常に増え、そして変わり、「物」を取り囲んで人と人が繋がる
そんな繋がり方だから「物」がなくなると人の繋がりもなくなる

「物」に支配されている世の中

「物」からみたモノサシで僕らはランクをつけられている

この世の殆どの人は

尊いと想える愛でさえも
「物」の中で成り立っている

「物」を分母としている


「物」に縛られる毎日から解放されたい?


もっと気楽に生きたい?

自分の身に何が起こっても

見放されても
フられても
リストラされても
殴られても
蹴られても…


笑って生きていられるようになりたくない?


だったら「物」を分母にしないで

今からは
「神様」を分母にしよう


〓♪KAI☆〓

コリント人への第二の手紙 4:17-18 JA1955 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。

2 Corinthians 4:17-18 NIV For our light and momentary troubles are achieving for us an eternal glory that far outweighs them all. So we fix our eyes not on what is seen, but on what is unseen, since what is seen is temporary, but what is unseen is eternal.


この世の目に見えるものは
やがては無くなるもの
やがては無くなるのに
その無くなるものにこだわって生きているのが僕ら人間だ

例え話だが
2組みのカップルを題材にしよう
一つ目のカップルは
めちゃくちゃ美男美女
男性は不動産会社を経営している
昔で言う3高という位置付けで高級車を乗り回している
女性はファッション雑誌のカリスマモデル
憧れる有名人に常にTOP3にランクインしている
二人は
誰もが憧れるBESTカップルとして有名だ

出会いはセレブが集まるパーティーの中で

動機はお互いに絵的につりあうからだとか…

カップルになってから彼らの事は常にメディアが報じていた

ある時、男性は女性に高価なブレスをプレゼントした
数億円のブレスということでメディアもとりあげ「セレブレス」と名付けていた

1年後彼らは破局し
後に男性は美人アナウンサーと
女性はプロ野球選手と結婚する事になる


もう一つのカップルは
とても愛し合う恋人達
男性は
一般的な収入にもみたないビンボーサラリーマン女性はデパ地下のお惣菜コーナーのアルバイト

派手さはないが二人とも気のいい優しい感じであった

あるとき
彼氏が彼女へブレスをプレゼントした
そのブレスは彼女にとって特別なものだった

さかのぼること数ヶ月前…
二人のデート中
ショーウィンドウに彼女は釘付けになっていた
通りすがりの店で一目見て気に入ったブレスがあったのだ
買おうにも彼女にとっては少し高価だし
貯めに貯めた貯金をはたいても届きそうになかった
彼も自分の生活さえも
いっぱいいっぱいで買ってあげる事は到底できなかった
彼女は決めた
どうしても欲しいから
それを購入する為にさらに貯金をしよう…と

数ヶ月後貯めに貯めた貯金でついにその意中のブレスに買おうと以前通りかかった例の店へ向かった

残念な事にそのブレスは売り切れていた

チェーン店だったので他の支店に向かうも
在庫はなかった
生産完了商品との事…

それから他の店舗を巡り巡ったがどこにもなく、都内どこにいっても在庫はなかった
生産完了商品だから取り寄せもできない状態

彼女はあきらめた
欲しかったけど、これはこれで運命なんだと…

その矢先の彼からのプレゼント
その意中のブレスだった
彼は彼女がどうしても欲しいという情熱を近くで感じていたので
彼自身それに動かされ
なんとか彼女にそのブレスをプレゼントしたいという想いを抱くようになり
全国を探し回り
そして空いている時間はプラスアルファで警備のアルバイトもしていたのだ

数年後
二人は結婚する事になる

この二人の情熱がケミカルして勝ち取ったブレス「ラブブレス」


始めのカップルのメディアが報じる程の数億円の「セレブレス」


30年後も心に残っているブレスはどっちなんだろう??

って考えた時
僕は「ラブブレス」を選ぶだろう


例えそのブレスがなくなっても

その時の情熱や愛は一生もんの宝だと思うから


僕自身もこれから
何十年
何百年(天国含む)と続く
一生もんの宝を造っていきたい



〓♪KAI☆〓