彌生です…


 私はオーバードーズに

 加えてリストカット、

 摂食障害も起こす様になり


 バカみたいに大食いして吐く

 カミソリで手首を切るの

 繰り返しでした…


 しかし子供たちの悲しい顔を

 観て「このままじゃいけない」

「なんとかしなくては」と

 考える様になりました…


 母はもう山梨

 から引っ越して

 Hの元へ逃げ

 だだっ広い

 12畳の部屋に

 一人で布団を

 敷いて寝て

 いました…

 

 子供たちはソッと私を覗きに

 来ていましたが、明らかに

 私を恐れていましたね…

 ただっ広い部屋に母親が

 布団を敷いて一日中寝ている

 家事全般はやりましたし

 食事も作っていましたが

 明らかに「普通」の母親では

 ない…


 




 こんな顔をしている母親は

 怖かったでしょう…


 私は「このまま

 ではヤバい」そう

 思い、思い切って始発の電車に

 乗り東○大学病院へ行って

 みました…


 まだ薄暗い始発の駅の光が

 輝いていて「なんて綺麗なの」

「これで助かる」そう思い

 ました…


 私は何かに導かれる様に

 病院へ行き、その当時は

 紹介状無しでも観てくれました


 精神科のドクターは中年の方で

 私の話しを物凄く真剣に

 聴いてくれて…


 そんなに

 悩むんなら

 離婚した方が

 良くない

 ですか?そう言われ

 ました…


 そうかもしれない…


 このデパスは

 どの病院で

 貰っているの

 ですか?

 

 ……あの、送って貰ってます…


 ええッ!!!

 診察もせずに

 薬だけ送る?

 

 かなり驚いていましたね…

 

 このデパスを送ってくれた

 病院は遠方の人には

 精神薬を送り後に告発されて

 閉院になっています…


 違反行為

 だったんですね

 

 後に私は障害者年金を申請

 する為に社労士さんと

 悪戦苦闘しますが、障害者年金て

 初診の病院の診断書が必要

 なんですよ、しかし病院は無い

 東○大のカルテを開示して

 貰い調べると…


 床鍋医院初診と書いてあり

 初診時、精神錯乱、デパス服用

 何度もオーバードーズ

 要入院、陶芸をしたがっている

 などなど書いてありました

 何故病院を実名で書くかと

 いうともう何十年前に

 閉院した病院だからです…

 あの病院の犠牲者は多いの

 では?と思います…


 次の受診は夫も同伴でした…

 医師は「奥さんは入院が必要

 です!」キッパリ言ってくれて

 私は号泣しました…


 しかし、東○大は毎年3月に

 なると新しい医師に交代で

 またイチからやり直しだし

 そもそも入院施設が無いんです

 私は長い期間 通いましたが

「この先生良いな」と思った

 人はあと一人だけですね…


 大学病院なんてそんな物です…


 医師に入院を勧められて

 夫と一緒に入院施設のある

 病院を周りましたが、異常な

 私が観ても異常な人だらけで

 夫は「入院なんて辞めておけ」

 そう言いましたし、私も

「ここに入院したら出れないかも」

 そう思いました…


 デパスの代わりにパキシルと

 いう薬を貰いましたが

 やたらと目眩がして辞めました


 私はまたまた床鍋医院に

 電話して薬を送って貰いました


 完全に依存症です…


 続きます…