心優しい勇者たちへ

 

 

 


「今ここ」に自分を合わせ


「素直な心」にチューニングする


森山華伊です。





 

誰かをサポートする時に、


どこまでが見守りで


どこからが放任になるのか


判断が難しく感じる時があります。




サポートも、


相手の状況や気持ち、


時と場合により、


過干渉や有難迷惑に


受け取られることもあります。




サポートする側と


サポートされる側の


ギブアンドテイクのバランスが


大切だと思いますが…




これらの線引きや加減は


時と場合や人により変動し


「ちょうどいい」がまちまちのため


とても難しいと感じます。




親子関係においても


よくあることではないかと思いますが…




心配のあまり、


手を差し伸べたくなってしまう…




これ以上痛い目に


合わせたくなくて


子が転ばないように先を行って


親が障害物を追い払ってしまう。




子は転ばない代わりに…


身体で覚えるという体験が奪われ、


その学びのテーマは知らず知らずのうちに


先送りになってしまっていた…


なんてことはよくあることではないでしょうか。




ではどうすれば、


過干渉、はたまた放任でもなく、


相手が心地よい見守りや


ちょうどいいサポートができるのか


というと…




子の問題(テーマ、課題)を


どうにかしようというよりも


それを「自分の問題」として顧みて


その答えを自分の解決のために実践する


ということが…




結果的に親子間のいい流れを生む影響が


できていくのではないかと感じます。




「親子は同じテーマを共有している」


といいます。


子(親)の抱えている問題は、


親(子)自身も抱えています。


(表面上は違って見えることもあれば、


そっくりそのままという場合もある)




どういうことか?と言うと…




子(親)の抱えている問題と、


親(子)の抱えている問題は、


根本的原因(発生源の観念)が


似ていることが多いということです。




例えば、子がなかなか自立しない


という場合…




その問題(テーマ)について親は


なんとか助けたいと思います。




だけど、そこで、


親が子を変えようとすればするほど…




子は「分かってもらえなさ」や


「やっぱり自分がおかしいのだ」


という思いを強めてしまうことがあります。




私は35歳までひきこもりだったのですが、


今思い返してみると思うことがあります。




外の世界が怖くて


なかなか社会に出られなかったのは、


こんな観念や恐れや禁止や


セルフイメージがあったと思います。


それは…




・人は皆、敵


・人から良くされるのは何か裏がある


・痩せてなければバカにされる


(太っているからスタートに立ってはいけない)


・何かに秀でていなければ存在価値がない


・出過ぎれば叩かれる


・負けを目の当たりにして傷つきたくない




というものが、


当時は言語化してなかったのですが


今思うと、あったなぁと思います。




これを抱いた状態で


周りがいくら自立を促しても


思うようにいかないでしょう。




なぜなら、行動や思考よりも


観念やセルフイメージのパワーが


圧倒的に強いからです。


(逆に観念やセルフイメージが変われば


思考や行動は容易くなります)




子の問題をなんとかするよりも、


親は子と共に考えて(感じて)、


そこで見つけた答え(観念)を


自分の問題として捉えて、


変えたいと思ったら


まず自分が実践する。


(変えたくなければ変えなくていい)




子の問題の解決は子に任せて、


子の問題により浮かび上がった


自分の問題に気付き、


自分に目を向けて、


自分がまず自分をサポートする。




子が自分の問題解決に向けて


実践するかどうかの選択は


子に委ねる。




親が子に対して


子の問題解決に向け


子に行動させるというサポートは、


ともすれば押し付けになってしまうため


子も反発を感じるかもしれません。




「直そうとされる」と感じ、


「自分は間違っている」と


暗に言われていると思うからです。




「子を変える」のではなく、


まず自分が自分について考え、


自分のために行動してみる。


「自己犠牲で子に尽くす」のではなく、


まずは自分が自分を大切にする。




自分が自分の何に気付いたか?


自分が行動してどうなったか?


その時、何を感じたか?


時々自分自身を振り返って


ノートに書いてみましょう。




もし、お互いに信頼関係を築けていたら


自分の気付いたことや感じたことなど


途中経過や結果を共有することを


提案してみるといいでしょう。




自分がうまくできた方法だからといって


相手にも合うとは限らないですし、


相手がその方法を採用するかは


相手の自由です。




逆に自分がうまくいかなかった方法が


相手にはしっくりいく場合もあるでしょう。


取り入れるかどうかは相手の領域、


あくまで一つの例として自分の場合の


体験を話すにとどめ、


相手がどう受け取るか


(受け取らない場合もある)は


自分の領域ではないことを


意識しておく。




相手が自分とは違う考えをもち、


違う感情をもち、


違う選択をするということを


受け入れる。




相手の問題について一緒に考える時も


自分の意見に賛同するように


相手をコントロールしない。


どちらが正しい、


どちらが間違いということではないからです。




あくまでもベースは同じ目線で話す


「対話」が大事だと思います。




お互いの心のモヤモヤを


それに当てはまる言葉を探しながら


引き出し合うようなことができれば


相互作用でサポートし合えます。


そんな関係ができたらいいですね。




相手の問題に向き合うことは、


自分の問題に向き合うことと同じです。


相手をサポートすることは


自分が成長するということ。


それには、相手の生きる力を


信じていなければ


真のサポートはできないかもしれません。


信じる側と


信じられる側が一体化すると


大きな力が生まれます。




この感覚がわかっていくにつれ、


「見守る」「放任」「甘やかし」


「サポート」「過干渉」


「コントロール(支配)」の違いが


肌で感じるようになるでしょう。




相手に言いたいことは


自分に言いたいことかもしれない。




相手が心配で仕方ないのは


自分が自分の何かに気付かないよう


目隠ししているかもしれない。




相手を変えたいという気持ちは


自分が正しいと


自分が思いたい(安心したい)


のかもしれない。




相手に向けた気持ちを全て


自分に向け直してみる。


自分が自分のここを変えたいと思ったら


変えていく。


相手のことは、相手の領域。


相手を通して、相手から跳ね返って、


映し出された自分の問題


(ネガティヴな観念)に気付き


まずは自分が自分を幸せにする。




相手に感じること、思うことは、


自分を成長させたり、


癒やされたりするキッカケになります。




だから、相手に不満に思うことがあれば、


自分のためにその問題を活力に変えて


色々な視点で観察してみましょう。




きっとその気付きが自分の糧になり、


相手にもよい影響として心地よく


伝わっていくのではないかと思います。





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「今ここ」に意識を合わせて、


落ち着きを取り戻す。

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いつもありがとうございます。



森山 華伊


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