こんにちは、森山華伊です。
最近私は、未来に目を向けるように
意識することを始めました。
過去の棚卸や現状の把握も
とても大切だと思いますが、
それを踏まえてどんな未来を描くか、
はたまた予想だにしない未来に行く
なんてことも可能性として
十分あり得るとするならば、
現状維持に留まらず変化をいとわない、
そんな心持ちへと
意識が追い付いてきたのかなと思います。
「まだ無理だ」と思いたい自分も、
正直なところ、いるにはいます。
その自分が優勢な時は、
「まだ無理」と感じさせてくれるものに
焦点を合わせやすくなるものです。
頭と心と体の向いている方向が
一致していないと、
そこで葛藤が生まれ、
「まだ無理」の証拠集めをして、
変わらなくていい選択を
してしまいがちです。
それは、意志の弱さというよりも、
変化を嫌う生存本能の働きによるところが
大きいとも考えられるので、
そこで自分を責めたり
やる気を奮い起こそうとしなくても
いいのですよね。
自分を責めたり、
奮い立たせようと躍起になると…
かえって自己嫌悪になったり、
燃え尽きたりと、
負のループが拍車をかけるように
さらに自分との距離感が
できてしまうのではないかと
思うからです。
自分の過去の棚卸や現状把握が進めば、
自分との和解によって癒しが深まるので、
過去よりも未来に目を向けられている自分へと
自然となっていくような気がします。
逆から見ると…
過去に縛られて
未来に望みなんて
とてもじゃないけど描けない…
という時は、
まずは過去の棚卸や現状把握を
重点的に取り組んだらいい
ということになるのでしょう。
過去に置いてきた未完了のシコリがあると
似たようなことでまた
同じことを繰り返し、
それが絡まり足枷となって
なかなか思うように進まない…
ということは、
よくあることではないかと思います。
全部とまではいかなくても
ある程度そういったシコリが
癒しによって昇華されたら、
前へ進む足取りもその分
軽くなっているはずです。
変化の恐れは恐れとして否定せず
それを認め、抱きつつも、
未来に目を向けて
そろそろ行動を始めようと
思うに至ったのでした。
それで、具体的に
何をしているかというと…
「望む未来の自分」を
イメージしています。
イメージすると、
その望みを今、
手に入れている体になります。
その「体」というのは、
ウキウキワクワクしたり、
ホッと安らいだり…といった
気分が良い時のリラックスした体のことです。
楽しいことや嬉しいこと、
欲しいことが叶ったイメージをすることで
現実より先に、その体になってしまう。
そうして感情や体感を
先取りして感じるということを
意識しています。
もちろん日々の仕事など
やらなければいけないこともあるので、
四六時中ずっと
イメージに浸り続けることはできません。
だけど、隙間時間を見つけては
脳内でイメージすることだったら、
場所を問わずにできるので、
それを意識してやっています。
例えばどんなイメージをしているかというと…
未来の自分は
どんな服を着ているだろう…
色のあるキレイ系な服を着ている…
と、本当にそういう服を
「今」着ているかのようにイメージし
その時の気分を感じていると…
実際に服を買う時も、
普通に道を歩いている時も、
色のあるキレイ系な服に
自然に意識がいってしまいます。
これまでは黒や紺などの
無難な色しか選択肢になかったのが、
赤や黄といった冒険的な色も
視野に入っているのです。
未来ではなく、
もう今、そういう服も着てもいいかも…
と、思う。
小さいことのようですが、積み重ねで
自分への許可とともに選択肢が広がって
可能性の扉も開かれていくのだなぁと
感じています。
イメージが先。
現実は後からついてくる。
音声コーナー
大いなる存在と寝起きのお喋り
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4月28日(火)
『休日の前夜が一番楽しみ』13分
4月29日(水)
『お酒を使わなくても心を開けた』20分
4月30日(木)
『寝すぎて眠い。。。』13分
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『痩せ細った人と犬に化けた人が現れた』50分
5月2日(土)
『不安な時こそ安心を意識しよう』19分
5月3日(日)
『ワンテンポ遅れるのは脳の構造による?』51分
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『本番じゃなくて実験。本番も実験。』47分







