こんにちは、森山華伊です。
2026年になって初の投稿です。
本年もよろしくお願いいたします。
昨年転職した職場は全員、
年末年始はお休みと定められているので、
このお正月は、気兼ねなくゆっくりとできました。
それまで9年働いていたホテルも、
さらにその前に5年働いていた病院も、
職種柄、誰かしら
出勤しなければならない職場環境でした。
10年振りに社会復帰をしてから
15年目になりますが、
こんなにも心身ともにのんびりできたのは
久しくなかったように感じます。
休暇最終日だった一昨日は
母のいる施設へ
新年の挨拶に行ってきました。
ここ数ヶ月は、私が面会に行っても、
ほとんど顔を見てくれない
ということが続いたのですが、
今回は調子が良かったのか、
私のことを穏やかな表情で、
迎えてくれました。
ベッドに横たわっている母の枕元に座り
いつものように、心に浮かぶまま、
ゆっくりと母に語りかけました。
体調や睡眠はどうかとか、
自分の近況や、天気のことや、
母の得意料理だった
ちらし寿司にまつわる思い出話などを、
目と目を合わせながら、
あてどなく話していました。
そのうちに…
昔、母から言われてきたある言葉に
今も何度となく励まされている
ということを、
伝えたい気持ちになりました。
その当時、過食が止まらなくて
ひどく悩んでいると、
母は決まって、優しく誘うように、
こう声をかけてくれたものです。
「楽しいことを考えなさい」と。
今でこそ過食は遠のいたものの、
何かで気持ちが塞ぎそうになると
この母の言葉が思い出されて、
気分を切り替える手助けを
してくれています。
そのことを話していると、
突如としてピリッと
電流が走ったかのように、
「それだ!」と指差して
強調するかのようなドンピシャが
その顔から見てとれました。
そして母は、
口を大きく開けると、
しわがれた声ではっきりと
こう発しました。
「だーいーじょーぶ」
語尾が上がっていなかったので、
「大丈夫?」と、
私を気遣う言葉だったのか、
「大丈夫」と、
私を安心させる言葉だったのか、
どちらか判別できませんでした。
だけど話の流れからいって
前者だろうと思った私はすかさず
「私は元気だよ!」と切り返すと、
少し安堵したような表情を浮かべました。
その後しばらく
他愛もないことを話していると、
時々、口を大きく開けて、
何かを話したそうな素振りを見せました。
そのうちにまた、母のしわがれ声を聞きました。
「かーわーいー……」
途中で尻窄みになって
最後まで聞き取れなかったので、
「かわいい?
私のことがかわいいって言ったの?」
と訊くと、
その時の母の表情から察するに、
そう言ったのではないようでした。
その時は、それで終わったのですが、
後で帰りながら
ある思い当たる場面が出てきました。
当時母は、私が過食にまみれて
何もできないでいると、
あの手この手を尽くして
どうにもならないもどかしさ
というのを通り越して、
「かわいそう」と、
よく漏らしていました。
面会の時はこのことを忘れていたので
母に確かめることはできませんでしたが、
後になって、この場面を思い出し…
もしかしたら母は私に、
「かわいい」ではなく、
「かわいそう」と言っていたのかなと
思いました。
ずっと母は、
私のことを心配していました。
認知症になりかけの頃も、
時々当時の私を思い出すようでした。
一体私がどうなったら、
母は安心してくれるのでしょう。
「私はしあわせだよ!」と
面会のたびに伝えていますが、
それでも親というのは
子がいくつになっても
心配をずっとしているものなのでしょうか。
もし、母が私に、
心の底から安心したら、
それはそれで、
私も一抹の不安を感じます。
「もう、思い残すことはない」と
あの世へ旅立ってしまうのではないか…。
私は帰り際、
これが母との最後になるかもしれない
と思いながら
母と約束するように
毎回、こう言い残していきます。
「また私の話聞いてね!
また会いにくるからね!」
音声コーナー
大いなる存在と寝起きのお喋り
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12月30日(火)
『クリアした感じがする!』(44分)
12月31日(水)
『2025年ありがとう!』(30分)
1月1日(木)
『望み上手、遊び上手になろっと』(25分)
1月2日(金)
『静かな正月』(20分)
1月3日(土)
『抜け道は、すぐそこに、すでにある』(35分)
1月4日(日)
『お母さんとの会話』(24分)
1月5日(月)
『目と目』(22分)







